ビー太郎サバイバル日記

武士同士の対決は実と実との対決であるが、忍びが戦うときは常に自分は実であり敵は虚である。「正忍記」その5
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「霊感商法:先祖供養」続報

知人の女性、便宜的にB子さんと呼びましょう。

B子さんは、3年前あるブログの記事を見て「先祖供養」の御札入り額を購入しました。

その購入先がどうも「霊感商法」らしいと別のブログで見つけ、それ以上関わるのをやめましたが、このことでB子さんはショックを受けました。

この話を聞いた私も少々ショックだったのは、B子さんはそのようなことに手を出すことはもちろんのこと否定する知識も豊富にもっていたと思っていたからです。


なぜそんな行動に走ったかというと、その時期はB子さんの母親が亡くなって新盆を迎える前だったと言います。

B子さんの実家はほとんど母親でもっていたような家で、母親がすべてやりくりしていたので、B子さんは自分の好きな仕事に集中できたそうです。

母親が亡くなって家の仕事がB子さんにかかってきました。

商売しているわけではないので、たいしたことではないのでしょうが、母親がしてきたことを自分で決めなければならないというのが馴れなかったようで、母親のいない違和感がずっとあったそうです。

そんな心のスキができたとき、ちゃんとやっていなかった「先祖供養」が、自分の反省としてむくむく湧いて来たらしいのです。


B子さんの許可をもらって3年前のアメーバブログに実際あったいきさつを書いていたところ、4月16日に運営側から「誹謗中傷」との要請があったということでいきなり削除されたので、なにか動きがあったと感づき久しぶりに検索をかけてみたら、すごい展開があったのです。

久しぶりに、「霊感商法」その後 をブログにアップして報告しましたが、これも「満月マン」らしき関係者から「プライバシーの侵害」とかなんとか苦情が4月23日に来ています。

相手するのもばかばかしい。


「満月マン」とは!

2015.04.01 弁護士紀藤正樹のLINC TOP NEWS
ついに「満月マン」脱税で起訴!「霊感商法」の裏の顔
http://kito.cocolog-nifty.com/topnews/2015/04/post-9f99.html


2015年4月13日月曜日 やや日刊カルト新聞
日本橋”お掃除キャラ・満月マン”が霊感商法=被害者代理人弁護士の事務所に右翼関係者と抗議=ついに脱税容疑で在宅起訴
http://dailycult.blogspot.jp/2015/04/blog-post_13.html?m=1



良くまとめて書いてあり事情がよくわかりました。

訴訟を起こした女性たちは、この事件がこれほどはっきり明るみに出るきっかけになったと思います。

難しい問題にあえて挑んだ彼女たちに拍手したい。




B子さんはその後どうなったかというと、「霊感商法」に気づくのは速かったが、実際の生活は変わってないわけだから、同じような気持ちの状態が続いていました。

日々の生活の積み重ねがいつか自信につながって、強い精神を取り戻し母親の存在を追わなくなったと気がついたのは3年ぐらいたってからでした。

毎日の日常の繰り返し。
現実に沿った行動のみが人間を自立させると思います。

このような、前向きに生きようとする時こそ先祖たちは力添えをしてくれるはずです。
自然の営みの中で先祖たちが守ってきたこと、先祖たちが伝えてきたことがあるはずです。


それとは逆に恐怖と不安であおるのが「霊感商法」なのです。
煽るだけでなく、信者の自立を助けません。

恐怖と不安が精神を委縮させてしまって依存心が巣くってしまうからです。

このような輩がはびこるのを許す社会も健全ではないでしょう。

私たちは自分を守るためにも立ち向かう強さが必要なのだ。

2015年4月24日記
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[ 2015年04月25日 00:07 ] カテゴリ:未分類 | TB(0) | CM(0)

カネとオンナと麻薬とインサイド・ジョブ

insidejob
「インサイド・ジョブ―世界不況の知られざる真実」
チャールズ・ファーガソン監督

2010年制作の米国のドキュメンタリー映画である。


日本語版の制作は、ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメント


これが、地元の図書館に置いてあったので、借りてきた。

思えば、リーマン・ショックだのサブプライムローンだのと大騒ぎの渦中を横目で見てきた私は、株も投資もしていなかったので実感がわかなかった。

では関係ないかと言えば、そう思えないのは、映画にあるような事件が、これからも行われる可能性はありうるからだ。

生命の基盤をゆるがされたら、当然、当事者でないはずのものたちの生活も連鎖的に巻きこまれる。



インサイド・ジョブとは、911事件の時も言われた。

真犯人は捕まったかといえば、そうではなかった。

今回の映画の中で真犯人を焙り出しているのにもかかわらず、捕まっていない。



おや…と他のインタビューとは違って気にとまったところがあった。

DVDの字幕を拾ってみる。

だいたい、本編の44分あたりから。

日本語翻訳者の名前は出ていない。



jonathanalpert

ジョナサン・アルパート(jonathan aipert:分析医 ウォール街の大物が通う)

銀行員は冒険好きで衝動的だ。
彼らの行動や性格に出ている。
仕事以外でも同様だね。
典型的なのはストリップや麻薬に走ること。
コカインや買春はよく聞く。



AndrewLo

アンドリュー・ロー(Andryw Lo:MIT教授、金融工学研究室室長)

神経科学者が実験をしてね
被検者をMRIにかけて脳を観察する
勝つと賞金が出るゲームをやらせると
金を得るたび反応する場所は―
麻薬の刺激で反応する場所と同じだった。



アルパート
皆は成功するにはそういう行動に加わらねばと感じている。


中略

アルパート
社会や家庭への影響を考えると見過ごせないことだ

女を買った後、悪びれず妻の元へ帰るんだよ



KDavis

K・デイビスは自宅で高級売春組織を運営。
家はNY証券取引所の近く


インタビューア:顧客は何人?

:当時は1万人ほどね


インタビューア:金融マンの割合は?

:上位客のうち多分4割から5割がそう。


インタビューア:大会社も?ゴールドマン・サックスは?

:リーマンなんかも来てた



アルパート:モルガン・スタンレーは少し少ないかな

ゴールドマンはかなりだね。



省略


インタビューア:行動パターンは管理職も同じ?

アルパート:そのとおり確かな事実だ。トップまで同じだね。



心理療法士のジョナサン・アルパートは日本で翻訳本が一冊でていた。

英語タイトルは「Be fearless(恐れるな)」
日本語タイトルは「米国カリスマセラピストが教える何が起きても平常心でいられる技術」(アチーブメント出版、2013)
http://shop.achievement.co.jp/products/detail.php?product_id=360

恐れるな


上記のインタビューを頭の片隅に置いて本題を考えてみる。

このような大規模な問題になる前に誰も途中で気づかなかったのか?

以前だったら、社会の影響や建前を考慮して、大問題に発展する前に内々で処分して立て直しを図っただろう―まっ、このような行為は犯罪以前で片付けるものだ。

現代の例でみれば歯止めが効かなくなってきているようだ。
行き着くところまで行き着いて、揚句にばれて突然に終わる。


サブプライムローンの証券の問題点を内部告発する匿名の社員はいたようだが、それだけではブレーキにならない。
改善にもならない。
圧倒的な力の差で内部告発者の方が罰され隠蔽される。



この策略がうまくいくために、どうすればいいのか?

この策略に協力してくれる人たちが必要だ。

法律を変えることのできる権力者たちの協力が必要だ。

クレームが出たときそれに対応する弁護団が必要だ。

世間が認知してくれる裏付けとなる研究や書類を作製できる大学の教授が必要だ。

そして大多数のゲームに興ずる人々が必要だ。

等々。


金融株式投資を仕事とする社会は、解糖系社会のようだ。

「解糖系社会」というのは、いまここで作った言葉で、独自の免疫学で名を馳せた安保徹先生がエネルギー代謝の解糖系とミトコンドリア系を説明されていたときバリバリ働く社会を解糖系と表現されていたのを参考にした。

交感神経の緊張した状態では、解糖系エネルギーが働く、低酸素、低体温、高血糖の状態になるという。

これはまた、ガンや糖尿病になりやすい状態と同じだ。


緊張した社会と言うのは競争社会でもあり、サバイバル状態でもある。

危機的状態では、生物は生き残るために交感神経を緊張させて低酸素、低体温、高血糖の状態になる。

これは、自然と言えば自然の摂理である。

しかし、この状態がずっと続くと体がもたない。
ので、生き物には休息が必要になる。
これも自然の摂理である。

自然にはこのバランス感覚が必要なのだ。

人工的な解糖系社会で生き続けるための手段で、手っとり早くリラックスするために麻薬や買春に手を染めるのだろう。

常に興奮状態の競争社会でマネーゲームに興ずる人々、かたや、ガンに苦しむ人々を輩出している。



ゲームの刺激。
麻薬の刺激。
これらは反応する脳の場所が同じだという。

どちらも似ている。
休息にはなっていないから、破たんする。

自然の摂理の一面を強調してゆがませた人工的な社会が、インサイド・ジョブの土壌なのだ。



昨年、地元の銀行の営業マンが家へやってきた。

「ウチは営業マンが来るとこじゃないよ」とあしらったが、話を聞いてくれとしつこい。

当時話題となったNISAの紹介である。

小口投資(100万以下)に五年間税金が免除されるという、これまで投資に興味のなかった方向けに新しい(少額投資非課税)制度が出来たからこの機会にどうぞと言う話だった。

投資の商品もいろいろで、人気なのは毎月決済型だという。
ひと月の利息分が毎月口座に振り込まれる。

しかも、ひとつの商品を買うのではなく何種類も混ざっている型で一つがダメでも他で補えるので損をする危険が少ないという。

あーそうか。

サブプライムローンもこんな形で他の優良証券と混ぜられて売られたのだろう。


(2014・12・14記)
[ 2014年12月14日 01:49 ] カテゴリ:未分類 | TB(0) | CM(0)

「武道医学」とフェイクの「武医道」

先日、平成26(2014)年10月19日記の『蓑内宗一研究』で「武道医学」と「武医道」の違いを明らかにした。

「武医道」はフェイクであるという結論である。

「蓑内宗一」が偽名で経歴を詐称しているから、彼の創設したという「武医道」もフェイクでしかない。

ただそれだけのことである。


しかし、フェイクであっても真理や原理に沿って描くことはできる。

画家の描く絵や、作家が書く小説や、音楽家が作曲するそれらの作品が感動を与えたとしたなら、制作者が真理や原理
から汲みだしたものを私たちの感受性が感知し共鳴しているからだろう。



「蓑内宗一」も「武道医学」に共鳴した。

「武道医学」の出典を明らかにすればいいものをマスキングして「ミノウチ式武医道」とやらかしてしまった。

「ミノウチ式武医道」は、もはや「武道医学」ではない。


「蓑内宗一」は柔術等の武術を体得していなかったという。

言葉はうまく真似できたとしても、実際の技術というものが身についていなければどのような指導をするのか。

技術もまた他から借りてきてツギハギするのではないか。

『ツボと日本人』のツギハギだらけの編集のようにである。


(2014年11月22日記)
[ 2014年11月22日 22:50 ] カテゴリ:未分類 | TB(0) | CM(0)

攘夷(反ユダヤ)の流れ

麻生氏の「ナチス発言」にともなって、サイモン・ウィーゼンタール・センターが予想通りの反応を示した。

東京新聞も、平成25年8月3日(土曜)朝刊、26,27面で大々的に報じている。

東京新聞タイトル
「麻生氏「ナチス発言」即反応 サイモン・ウィーゼンタール・センターって」
「反ユダヤ見逃さない 問題繰り返す日本人」


麻生太郎swcロゴ
Simon Wiesenthal Center to Japanese Vice Prime Minister: Which 'Techniques' of the Nazis Can We 'Learn From'"?
July 30, 2013




新聞等の反応もあいからわずシオニスト・ユダヤを擁護する書き方をするのはしかたがないのか。

麻生太郎氏は、以下のことを踏まえての発言だったら、たいしたものである。


日本人に謝りたい
日新報道/1979年出版/初版
日新報道; 新版 (2000/01)


以下、インターネット上に公開されたもの。

日本人に謝りたい
~ あるユダヤ長老の懺悔(ざんげ) ~


──ユダヤ長老が明かす戦後病理の原像──

■■■第4章:日本国憲法はワイマール憲法の丸写し
■■日本国憲法の作者はユダヤ人である

http://inri.client.jp/hexagon/floorA6F_he/a6fhe804.html








前日(8月2日)の東京新聞、朝刊第一面の「筆洗」覧では筆者による麻生氏の揶揄が書かれた。

高祖父が明治の元勲大久保利通で、祖父は吉田茂元首相。 超のつく名門一族に生まれた麻生太郎副総理兼財務相も、間違いなく、「銀の匙を加えて生まれてきた」人物だろう▼その麻生氏が、改憲の議論をめぐって、「(ナチス政権の)手口を学んだらどうか」と発言した。…云々



幕末、下級武士らによる下剋上で江戸幕府が倒され明治維新となった。
大久保利通は、薩摩藩の下級武士であった。

下級武士下級武士と差別的にいう根拠は、福沢諭吉の論による。
参考:「知られざる福沢諭吉 下級武士から成り上がった男」の品格(2)



『もともと「尊皇」と「攘夷」は全く異なる言葉である。』

と、下記のHPの著者は書いている。

参考:尊皇攘夷とは・・・
http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Forest/5921/bakumatu/sonjyou.html#TOP




そのいきさつは上記を参考にしていただいて、外国勢力の圧力が日本の体制をゆるがせた時代ということを念頭において、

その情勢の大変化は、人々の不安をあおり、これまでの体制の危機であり、
福沢諭吉のような下級武士が幕府にめしかかえられるという好転機にもめぐまれた。

反幕派は、最初「攘夷論」をとなえナショナリズムを丸出しにしたものの、外国の侵略は目に見えているし、その力もわかっている。

当時の為政者、幕府は万延元(一八六〇)年、三人の遣米使節団を派遣した。
参考:「知られざる福沢諭吉 下級武士から成り上がった男」の品格(3)

この全権一行の、アメリカにおける行動は、すべて日本式であった。 小栗は、とくにその心をくばって、外国人の目をそばだてるほどの華やかな日本服や、はかまを用いたのであったが、これは、彼に、俗物的な衒気があったためでは勿論なく、彼の志としたところは、実に日本国という二千年の祖国を重く考えて、自分は日本人であるとの威儀を示さなければならないと考えたからであってそれ以外のなにものも、その眼中にはなかったはずである。

そのときの江戸幕府から、アメリカ政府に送った国書は、国際法にもとづいたものであり、「国際法上の原則」に則り、一点の過誤のない立派なものであった。 反幕派が悪口するような卑怯な政治家は幕府にはいなかった。


(『開国の先覚者 小栗上野介』、蜷川新著、千代田書院、昭和18年、26頁)



この著者の蜷川新(1873~1959)氏は法学博士で小栗上野介の義理の甥にあたる。


「日本の武家封建の七百年の制度は、日本民族が、自ら考案し、建設した特殊の制度であった。 そしてその幕府制度の下に、七百年以来、幾多の景仰すべき人物は生れ種々の日本文化はそれらの人物の力により輝いたものである。」(同上、8,9頁)


これは、小栗氏の身内が書いたため、書き方に多少偏向があるのかとも思っていたが、最近、武士はシャーマンたるべき精神の持ち主ではないかと仮定し始めたら、素直に受け入れられるようになった。

それは、トム・ブラウン・ジュニアのグランドファーザーがきっかけなのだが、一族を率いるためには武力もさることながら、目付の正確さが要求される。

ゆえに、徳川幕府時代、スメラミコトは天皇と呼ばれなかった。

スメラミコトは日本の名家であるがために存続して尊敬もされていたのであった。


しかしながら、そのような精神力も能力もなかった下級武士が、手引きする後ろ盾がいたにしろ孝明天皇を弑逆し、自分たちの仕立てた大室寅之介を陸奥親王とすり替え、尊皇攘夷論をかかげ討幕してしまったのは、日本国も日本人も眼中にない、他を敬うこともない、威厳も品格も備わっていないものの仕業ではなかったのか。


下士はあくまで下士であり、その品格は劣り、その劣った品格は現代にまで後を引いている。

麻生太郎氏の出目はそれを物語ってる。





このようなことが起こると、

『ユダヤは日本に何をしたか』渡部悌治著、成甲書房 (2003/02)
を読み返したくなる。

この本の私家版のタイトルは「攘夷の流れ」である。

攘夷の流れ


人種、民族、国境は人為にすぎず、国際連合によって主の道を直くし、そこにユダヤの王が天降るのだということは、とりもなおさずユダヤの世界支配を意味する。

主の道を直くするためと称してユダヤは第一次の世界大戦を勃発させ、それによって国際連盟を作り、各国に主権と軍備とを認めてしまったためにそれは失敗におわってしまったのだとして第二次世界大戦を計画し勃発させ、それによって第二次の国際連盟、つまり国際連合を樹立したのである。 
(『ユダヤは日本に何をしたか』、77~78頁)


そして今回は、国際連合も破壊して、ワンワールド、国際警察のもと支配管理するように画策しているのである。

支配するのはもちろん、シオニスト・ユダヤ……

と、彼らが言っている。


[ 2013年08月05日 00:00 ] カテゴリ:未分類 | TB(0) | CM(0)

「知られざる福沢諭吉 下級武士から成り上がった男」の品格(3)

「知られざる福沢諭吉 下級武士から成り上がった男」
礫川全次著 (平凡社新書)2006年11月、初版第一刷



から内村鑑三による福沢諭吉批判。

とはいっても、内村が直接名指しすることでもなく、文章から察しが付くようだ。

著者も「憶測」と断っている。

以下引用。



内村鑑三の脱亜批判


キリスト者の内村鑑三が、明治の藩閥政治を厳しく批判していたことは、あまり知られていない。

しかし、たとえば『内村鑑三著作集』(全二一巻)の第二・三巻(時論・時評上)などに目を通した人は、藩閥政府批判の文章があまりにも多いのに驚くことだろう。

内村は一八九七年(明治三〇)の『万朝報』紙上に、「大虚偽」というエッセイを発表している。(四月二二日)。

短い文章なので、全文を引用してみよう。



余輩は思う、新日本は薩長政府の賜物(たまもの)なりというは、虚偽の最も大なる者なりと。

開国、新文明、封土奉還〔版籍奉還〕は、一として薩長人士の創意にあらず。

否、彼らは攘夷鎖港を主張せし者なり、しこうして自己の便宜と利益のために主義を変えし者なり、すなわち彼等は始めよりの変節者なり。

新文明の輸入者とは、彼らが国賊の名を負わせて斬首せし小栗上野介等の類を云うなり。

真正の開国者とは、渡辺崋山、高野長英等の族を云うなり。

封土奉還すら、木戸、大久保等の創意に出でしにあらずして、姫路の城主酒井雅楽頭〔忠邦〕の建白に基けりと伊藤博文侯は報ぜり。

薩長人士は、世界の大勢と日本国民の意向とに乗ぜしのみ、新日本は文明世界と日本国民との作なり、開港和親は、みな旧幕政府の創意なり、この点に関して、われら日本人は薩長政府に一の恩義なし。




内村は、薩長人士が、開国政策を取っていた幕府を打倒するや、その攘夷主義を捨てて開国政策に転じた変節を非難している。

内村は歴史家ではなかったが、その史眼はなかなかに鋭い。

おそらく内村は、幕府が採用した「脱亜入欧」イデオロギーが明治政府に引き継がれた事実に気づいていたのであろう。

(『知られざる福沢諭吉』、礫川全次著、212~213頁)





福沢諭吉は、蘭学の知識を買われ藩命にて故郷の中津(大分県)から幕府に出向した。一八五八年(安政五)のことである。

そこで、オランダ語が役立たないのを知り、英学へと転向する。

翌年(安政六)暮に、咸臨丸派遣のことを聞きつけ、「ツテを求めて木村摂津守喜毅に面会を求め、その従僕として随行を許可される。」(同書、237頁)とある。


遣米の話しは五年前にさかのぼり、寛永六(一八五三)年六月三日(西暦七月八日)のペリーの来航より、幕府は米国を見据えた政策を強いられ、交渉を開始した。

寛永七(一八五四)年、日米和親条約の締結。

それでも公家や孝明天皇の攘夷による反対にあいながら、「その後、大老に就任した井伊直弼(なおすけ)の決断によって、勅許を待つことなく安政五(一八五八)年、日米修好通商条約を調印しました。」(『小栗上野介 忘れられた悲劇の幕臣』、村上泰賢著、平凡社新書、2010年、26頁)

という。
続けて引用。


この条約の主な内容は、

(1)外交官の常駐
(2)神奈川、長崎、箱館、新潟、兵庫の開港
(3)領事裁判権をアメリカに認める
(4)民間の自由貿易
(5)江戸大阪の開市
(6)関税率は両国で協議する
(7)貨幣は同種同量で交換する
(8)アメリカへの片務的最恵国待遇
(9)アヘン輸入の禁止

というもので、領事裁判権で外国人の犯罪人を裁く権利が日本側にない、また関税自主権がないことなど、不平等条約という側面もありました。

また、その条約文中に「日本政府より使節を以て亜米利加華盛頓(ワシントン)府にて本書を取替すべし」という一文が盛り込まれていました。

条約批准書の交換をワシントンで行うことで、進んだアメリカの政治や社会を実地によく見聞し、日本の将来に資するところを得てきたい、という幕府側の意向が条約締結前の安政四年ごろから提示され、それを歓迎するハリスの思惑と一致して入った一文です。」(同上)



タウンゼント・ハリスは日米和親条約の締結から、下田に駐在した外交官。


以上のような経緯から、日本の幕府の正式な遣米使節三人とその従者たち一行が乗り込んだのは米国軍艦ポウハタン号で、オランダ船の咸臨丸はこのポウハタン号の護衛船という名目で随行したのであった。

名目とは別に、他に日本の海運技術の向上も目論んでいた。

咸臨丸はサンフランシスコへ寄港し日本へ帰った。

ポウハタン号は、パナマ運河を通過し目的地のワシントンに到着し無時任務を遂行した。
その後、世界一周して日本に戻った。

咸臨丸の責任者は軍艦奉行木村摂津守喜毅(きむらせっつのかみよしたけ)であって、その従者に福沢諭吉が乗り込んだ。

福沢諭吉は帰国後も幕府の外国方で翻訳を命ぜられる。

さらに、文久二(一八六二)年、文久遣欧使節(第1回遣欧使節、開市開港延期交渉使節)で、二度目の海外、ヨーロッパに渡航している。

このとき始めて香港に寄港し、最初のアジア体験から、まさにのちに出てくる脱亜入欧論の実体験をしたのであった。

しかし、福沢のそれは、

「いずれ『わが帝国』も国威を発揚し、支那人や英人を奴隷のように圧制したいものだ、否、ひとり世界中を圧制したいものだ。」(礫川氏による現代語訳、『知られざる福沢諭吉』、202頁)

というもので、

「アジアへの共感の欠如、西洋帝国主義への羨望と同化。」(同上)

だった。




福沢の脱亜入欧論は、幕末から晩年まで一貫した主張であり、それが与えた影響力は大きかった。 また、欧米に開国を迫られた日本が、攘夷の風潮を抑制しながら欧化を図ってゆくためには、これはきわめて現実的なイデオロギーであった。 特に「攘夷」を名目に幕府を打倒した維新政府には、このイデオロギーが必要不可欠であった。

脱亜があって入欧があったのではなく、入欧という既成事実があって脱亜があった。 脱亜は、入欧(欧化)によるストレスを中国や朝鮮を蔑視することで解消しようとする側面を持っていた。 このイデオロギーは、現実に明治政府の対アジア政策を規定し、人々のアジアに対する差別・偏見を助長することになった。

この影響は二一世紀の今日にまで及んでいるといってよい。 これはまさに「国家の品格」に関わる問題であると考える。(『知られざる福沢諭吉』、221頁)



礫川氏は「国家の品格」と言ったのは、ちょうど数学者の藤原正彦氏の『国家の品格』(新潮新書、2005/11)という本がベストセラーになったころ、この本を書いていたようだ。

その流行にのって、当時、私も藤原氏の講演を聴講する機会を得た。

当たり前のことを普通に言っていたような気がする。

「品格」というのは、特別変わったことでも特殊な事でもない。


万延元(一八六〇)年閏三月二十四日(西暦五月十四日)、日本から遣米使節団がワシントンに到着し、アメリカで初めて日本人を迎える群集でごった返した様子が伝わっている。



日本人の世話係として、ポウハタン号で使節一行に親しく接した乗組員のジョンストン中尉は日記『チャイナ・アンド・ジャパン』に、「あらゆる階級の人々は月世界より使者が来るとも、これほどのことはあるまじと思われるばかりの熱心を示した。……いずれも趣味ある題目として日本史節の事を口に出さぬ者とてなく、物見高き群集は町々辻々を充たした」と、そのときの様子を記しています。

最初に条約批准書の箱が下され、それを担ぐ海軍士官の後に続いて、使節一行の下船が始まりました。 正使を先頭に埠頭に足を踏み下ろし、列を作って進んでいきます。

これを見たアメリカ人は「日本人は列を作って歩ける!」と驚き、新聞でも、文明度が高い人たちと紹介されました。

従者柳川當淸(まさきよ)の『航海日記』に米国新聞が伝えたこととして、「日本人は、身長は低いが至って義心が厚く、また槍や剣術に熟達していて、剛勇な気性をもっている。 初めて外国に航海しているのに少しも恐れる様子なく街中を歩き、物を盗るようなこともなく、正直な人たちである。 今度の使節に加わっている者たちは勇猛な戦士が選ばれていて、常に二本の刀を身につけ、その刀は恐ろしいほどよく切れる」と、記しています。

(『小栗上野介 忘れられた悲劇の幕臣』、村上泰賢著、平凡社新書、2010年、67~69頁)



日本使節団 万延元年
参考:日本使節団 アメリカ派遣から150年「記念写真展」 遣米使節団に湧き立つ150年前のニューヨーク
レポート日:2010年 6月 27日

http://blog.looktour.net/13/150150


日頃の行動がモノを言うのであった。




この記事の最初に引用した内村鑑三の随筆の中で、「新文明の輸入者とは、彼らが国賊の名を負わせて斬首せし小栗上野介等の類を云うなり。」、というのは、小栗上野介が米国より帰国してから行った政策が明治時代の日本の土台となるようなまさに先見の政策だったからである。

そのようなことができたのは小栗上野介が「上士」であったからにほかならない。

明治政府の為政者たちは初代首相になった伊藤博文は「下忍」と言われていたし、政権を取った薩摩長州の「下士」達がフリーメーソンの介添えによる執政だったからではないのか。


福沢自身が著述したように「上士」と「下士」の分界が断絶に近いほどの開きがあり、「上忍」と「下忍」の分界もそのようであったろうと憶測する。

その違いは、どこにあるのか。


福沢の「脱亜入欧」のイデオロギーが江戸幕府から引き継がれた明治政府の原動力になったとはいえ、必ずしも福沢の思想のままでなく「大東亜戦争」で欧米列強からアジアを解放しようという方針がたてられたのも、軍隊の中に情勢の目付の効く「上士」が多く従軍したからではないだろうか。


[ 2013年08月02日 23:03 ] カテゴリ:未分類 | TB(0) | CM(0)
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