ビー太郎サバイバル日記

武士同士の対決は実と実との対決であるが、忍びが戦うときは常に自分は実であり敵は虚である。「正忍記」その5
ビー太郎サバイバル日記 TOP  >  部民(部落)/伴

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --年--月--日 --:-- ] カテゴリ:スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

天皇とエタ


住井すゑさんは、いいところに気づかれた。

宇宙の法則にのっとって人間には貴賤の別はないと断言したのはよかった。


しかし、その法則が、アインシュタインの時間の法則に落ち着いてしまったから、橋は架けられなかったのだ。


時間は法則の一部ではあるがすべてではない。

まして生命の源ではない。

これでは「橋のない川」に橋は架らない。



天皇制は時間の経過でその時代に沿って作られたもので、これも生命の源から発したものではなく、なくてもいいものであるし変わるものである。

では、なぜ守っているかというと、その日本原住民のご先祖の名家としてであって、その制度ではない。

イルミナティ悪魔主義者は、地球原住民に取りつき、次々滅ぼしてきた。

日本を例外と考えるのは虫がよすぎる。

人間という生命現象が現れたと同時にそれも存在し、古代から痕跡が残っていると考えるべきだ。

しかし、なんというか、入り込まれつつも日本得意の精神性で別物に変態するという技をみせたことで巻き返しながら今日までたどり着いているような気がしてならない。

悪魔主義者たちは幕末明治維新の騒動を仕掛け、明治維新を担った売国奴の日本人を使って西洋風に天皇教の制度に改造させたのだ。

天皇制をつくり、日本原住民であるエタと切り離し、被差別部落という器をつくりいっしょくたにし、抑圧者と被抑圧者に分けさせた、という筋書きが考えられるではないか。

断っておくが、天皇制を作るのは天皇ではない。

つくられたものに便乗することはあるだろう。

先の世界大戦で日本を料理しようとしたものの日本軍の行動が計算違いだったため、叩こうと企んでいた連中の方針を変えさせたに違いない。

大局から見ればその様だったと思う。



住井すゑさんが『住井すゑ対話集3』の126頁でこういっている。

現実として、一般の人は、部落の人たちへの最後の爆弾として「エタ」という一言をもっています。


もし、この問題に橋を架けるとしたら、山本健造著の『裏古事記』や『暴かれた古代史』等の知識がなくてどうして論じることが出来るのだろう。

山本健造氏は飛騨族のことをヒエッタ=エタ、であるとはっきり書いている。



アメリカ先住民、地球原住民のアパッチ族のシャーマン、グランドファーザーの話しも参考になるだろう。
物質文明によらず、無益な争いを好まない彼等の生き方は日本原住民の生き方と似ている。


生命力がなくなった気枯れた状態には、地球原住民の知恵が必要だ。


人為的な法律や賠償では解決するものではない。






住井すゑ対話集3.


住井すゑ対話集3 人間みんな平等
労働旬報社、1997年

佐藤登美さんとの対話。

初出 未来に託すもの……『看護展望』1993年9月号、10月号


住井すゑさんが第8部の構想をもっていたという話が出てくる。

以下、住井すゑさんの言葉のみ抜粋。




七部に出てくる熊夫という少年が中心です。


…お父さんは網走の監獄にいる。 両親ともに部落民ですが、両親と離れて孝二の家にやっかいになりながら成長する。 小学校を終わって誠太郎の店に入り、そこで兵隊検査を受けて、第二次世界大戦の住井すゑさん召集を受けるのです。 部隊の言ったところが沖縄です。

明日はアメリカ軍が上陸してくるというので、部隊全員が玉砕の覚悟をする。 ところが、最終的には部落民の熊夫一人が生き残って帰ってくるという話です。

この、部隊でただ一人生還するというのは、実際にあったことです。 私が『橋のない川』を書き始めたときにこの事実がわかってきて、ひとしきり問題になったのですが、解放運動のなかでもあまりに悲惨な話だから、だれもまともに扱えなかった。 世の中には、そういう辛辣な天皇制にたいする風刺もあるのです。


(『住井すゑ対話集3』、145~146頁)



ではなぜ、日本にそんな不平等な天皇制が定着してしまったのか、これはどうも100パーセント、イギリスの政策だったようです。 島津に肩入れして軍資金をどんどん貸し出し、徳川を倒して、皇室に全権をもたせた。 これが、一つ号令をかければ国民全部が戦争に狩り出されるという軍国主義の基をつくっている。 アメリカもそうだけれど、明治維新は主にイギリスの必要からやったことで、イギリスと島津の関係を歴史的に解明していけば、そのことがはっきりわかってくると思います。 英米の遠大な計画に日本が乗ったのです。

皇室と島津の関係は今でも続いていて、隠してはいますが、皇太后は島津の孫です。 日本の天皇制のなかには、そういう国際的陰謀があったということを、私は八部でほのめかしておきたいとは思っているのです。

日本が軍国主義になり、天皇である大元帥閣下が陸海軍を統帥して、いちばん先にやったのは日清戦争です。 中国を負かしてもイギリスの利益にはなったでしょうが、日本には何の利益もない。

(同上、149~150頁)




住井すゑさんは八部を書かずして逝ってしまわれた。





スポンサーサイト
[ 2013年06月14日 02:00 ] カテゴリ:部民(部落)/伴 | TB(0) | CM(0)

人間には貴賤の別はないが、差別はある。


住井すゑさんのいう

人間に貴賤の別を作ることは、宇宙の法則に反している…

のなら、差別というものはあってはならない。

という、仮説がたてられるかもしれない。


貴賤の別を作ったから差別ができたと考えてしまいがちだが、自然界には差別はある。

自然界は差別があってバランスをとりながら保っている。

なので、

人間には貴賤の別はないが、差別はある。

のほうが宇宙の法則にあっている。


人間に貴賤の別を入れ知恵したものは何かが問題なのだ。

貴族と奴隷の起源にあるかもしれない。

地球原住民は、そんな制度をつくらなかった。



自然界には、差別もあるし、いじめもある。

差別をなくせ、いじめをなくせ、と言う方が無茶である。

これらを克服してきた先人の生きる知恵で対処していくべきなのだ。




[ 2013年06月11日 00:47 ] カテゴリ:部民(部落)/伴 | TB(0) | CM(0)

「橋のない川」の思い出/貴賤の別の理論


「橋のない川」というタイトルがいい。

橋がないなら掛けてみようかという気にさせる。



「被差別部落」等々の呼称は、明治時代に江戸時代と対比させるうえで政策上、西洋を手本に近代化を図るうえで天皇制というピラミッド型の組織作りのために徐々に定着させられた印象である。

「被差別部落」というものが日本原住民の立場から論じられることなく居座っている。

感情論をやめて、気枯れたものを手当てしないと本当に穢れたものになる。



この小説を読んでも解決策の見いだせないまま、住井すゑさんの目指すものがなんなのかわからなかった。

住井すゑさんの対談集があったので何か手がかりがないかと思い、当時読んだ気がする。

どのような対談集かは忘れたのだが、「鬼に書かされた」…という発言があったのを記憶している。

その箇所を探すべく今回またページをめくってみた。


住井すゑ対話集1


住井すゑ対話集1 橋のない川に橋を
労働旬報社
1997年



は、これまで雑誌に掲載されたものをテーマ別に何編かまとめられている。




菅野照代(すげのてるよ)との対話
『部落』1980年一月号掲載分


のなかで、「橋のない川」の裏付けになったものはなにかとして、石原純(いしわら あつし:1881-1947)博士に教えを乞うた「相対性原理」をあげている。


人間平等というのは宇宙の法則、観念の問題じゃないんです。 宇宙が回転しているという、これは運動体ですね。 われわれはそのなかの一人、こんな小さな存在ではあるけれど、宇宙すべて運動体のなかにわれわれも存在するということは、宇宙のバランスに役立っているということなんですよ。 不必要になれば死んでいくんですよ。 必要あれば、また新しい物が生れるんですね。 お互いに引き合って運動体になっている。 だから科学的に、人間は平等であることが証明されるわけなんですよ。

だから天皇制とか部落を作るというのは、人間に貴賤の別を作るということで、宇宙の法則に反しているんですよ。 だから、天皇制はいけない、科学を否定する、宇宙の存在である限りは宇宙の法則に従わなければいけないんじゃないか、というのが私の考えです。

(同上、159頁)



住井すゑさんが、相対性原理にヒントを得て、持論を立ち上げた。

私も相対性理論だ、なんだと説明されるより、住井すゑさんの論の方がわかりやすい。


自分も日本人のアタマなのだと思う。

15年前、読んだ時より今の方がよくわかる。


そこで思ったのは、

ガリレオの相対性原理、
ニュートンの運動法則、
を経て
アインシュタインの相対性理論が生れ、相対性理論にも一般と特殊があり…


と進化というか、分割というか…

素晴らしい理論だとしても、まだ解明されていないようだ。





日本人のアタマの住井さんは、咄嗟にわかったようだ。

しちめんどくさい理論をすっとばして、

「天皇制とか部落を作るというのは、人間に貴賤の別を作るということで、宇宙の法則に反している」

と見破ったのだから。


ここで残念としかいえないのは、西洋の科学の本質を見誤っていたことで、それは宇宙の法則に反した貴賤の別を作ることにほかならない。

西洋の科学を採りいれた明治政府は、それゆえ天皇制を作り、被差別部落の認定をし、終らない論争へと道びいたのだった。


ここで言う西洋の科学は、もちろんイルミナティの科学である。





[ 2013年06月10日 02:36 ] カテゴリ:部民(部落)/伴 | TB(0) | CM(0)

「気枯れ(ケカレ)」考


先の6月2日「橋のない川」の思い出…のなかで、奈良の月ヶ瀬村事件にふれた。

このリンクした先のサイトや書き込みなどで加害者の青年に同情を寄せる人が多かったのを知った。


青年の育った環境に問題アリとの見方もあった。

このような家庭でまともに育つ方わけがないというものだ。





部落問題が、個人の問題なのか、部落というある閉鎖された地域の問題なのか、はたまた人種問題や民族問題にまで発展するものなのか。

広げ過ぎたら問題の焦点がよくわからなくなる。

社会問題で扱うより、日本列島に住む人々の経緯にかかわることなので、日本の多様性を見るうえでも大変興味深い資料になると思う。

もし、なんらかの解決を試みられるのなら、同次元の話ではおさまるものでもないだろう。



インドのヒンズー教は、大きく四つに分かれた階層である。

それぞれの階層の中では、さらに細かく分かれているらしい。

永年のカースト制の死守により、バラモン階級と奴隷との間の遺伝子はまったく別モノになっているという。


カースト制にも外れるアウトカーストの人々の精神状態を考えた時、日本人には当てはまらない。

アウトカーストの人たちは精神までも奴隷になっているから、顔つきに現われる。


アウトカースト以外の階級もまた、奴隷身分でなくともそれぞれの階層に囚われの身になっている。

奴隷より上位の階層ということで視野が開け待遇がいいとしても、このカースト制にのっとっているかぎり、その精神構造は奴隷と何がかわるというのだろう。




私が部落問題にまったく興味が持てなかったのは、その「気枯れ」にあるのだと気づいた。

昔、別の意味で部落に興味を持った時があった。

その美しい民家や自然の流線を活かした民具や村の生活形態からであって、今日の問題とは全然結びつきもないことだった。

いわゆる民芸という日常生活で使われる道具が、家主によって工夫して作られ、それが生活の中にとけこんでいる様子である。


しかし、現代さわがれている部落問題はそのようなものではなかった。

なんというか、それこそ「気枯れ」という表現がぴったりくる。

問題にした途端、陰気というか、嫌気というか、そのような気分にさせる。


日本人なら「気枯れ」を「気枯れ」たままにするはずはない。

人間であれば、だれ彼となく向上心というものがある。

というのは、生きることが目的である日本という風土に生まれ育ったならば、そのような気骨精神が備わっていると思うからである。

そのような人は、「気枯れ」の状態をそのままにせず、なにかしら手当をするはずである。

そうでなかったら、アウトカーストのような陰気な集団にはならない。

それでも、現代に「部落問題」があるというのは、禍根を根強く持ちつづけた部民がいたからではないのか。





権力者集団によって先天的に差別された原日本人のひとつ飛騨族はエタと呼ばれ、江戸時代までその呼称で呼ばれたが、明治になって解放令のもと、被差別部落に一括吸収されてしまった。

エタが差別をされたというのは、文献にあるとおりだが、どのような集団かは定かではない。

山本健造氏が自著の『裏古事記』等の書物で初めて明かしたものと思われる。



渡来人に随行してやってきた奴隷が、日本で後天的に差別なのか気に入らない扱いをうけたのかという問題はまた別である。

現代の「部落問題」はこっちが主となっているような気がする。



だから、「差別」といわれても程度の差があり、個人の問題を社会問題にした感があるのも混ぜこぜになっているかもしれない。


企業では商品開発するうえで「差別化」は当たり前のことである。

この差が商品の価値を増し、地域差が特産品を生み出し、差があるからこそ向上心というものが育まれる。


自分にできることはまず正す方へ努力し、共通の問題として社会に要求することは要求し改善させ、伴に成長してゆくものととらえられないならば、

被差別部落問題とは、手のほどこしようがない「気枯れ」た問題だと思っている。



[ 2013年06月07日 23:30 ] カテゴリ:部民(部落)/伴 | TB(0) | CM(0)

「橋のない川」の思い出/気枯れ


農場の研修が終わって家に帰ったのは1997年の11月。

帰ってからこの本「橋のない川」を読んだ。

この続きが読みたかったのは、どうしてこういうことが起こるのかその原点となるものが記述されていないかと思ったからだ。

第七部まではそのようなことは書いていなかった。

インドのアウトカーストは宗教によるものだとわかったが、日本のその似たような状況はどのように生じたのか、この本ではわからなかった。

私はその原因が知りたかったのだ。

いつものように新聞を整理していたら、この記事が目に付いた。


平成25年6月1日
東京新聞/文化面

「うゐの奥山」第15回「『手入れ』しつづける国」
玄侑宗久



古代の日本人は、「毛」や「木」や「気」をすべて「け」と呼び、その自己増殖力を讃えた。

抜いた「毛」から神が生れ、「木」にも神が宿ると考えたのはそのような「産霊(むすび)」の力を感じたからである。

こうした増殖力が枯れてしまうことを彼らは「けがれ」と呼んで非常に嫌った。

穢(けが)れるくらいなら、旺盛な産霊の力を枯らさないまま、手入れしながらつきあうしかない、ということだろう。


以上抜粋。

玄侑さんのいう古代の日本人は何時の頃の日本人か短いコラムでは書いていないが、「けがれ」を「毛」や「木」や「気」と当て字されたことにハッとした。

私が勝手に「気枯れ」、と漢字をあててみた。

何かよくわかった気がする。



私が漢字の「穢れ」以外に「ケカレ」を知ったのは、楢崎皐月(ならさきさつき)による相似相であった。

電位差の違いで植生の優劣が現われ、優勢なところを「イヤシロチ」、劣勢なところを「ケカレチ」とした。

このケカレチに炭を埋設することによって電位差の幅を縮小し「イヤシロチ」化する技術であった。

カタカナで名称が書いてあったのであまり漢字は意識しなかった。

なるほど、「気枯れ」だと妙にぴったりくる。


この相似相の考え方も人が手入れをして土地を豊かにしてゆく発想である。

それは、自然と人間の付き合いである。

アメリカ・インディアン、アパッチ族のシャーマン、グランドファーザーも自分の祖父から自然の手入れの仕方を教わっていた。


玄侑さんは続けて書く。

おそらく日本人は、自然の増殖力を敬愛するがゆえに、そのような態度で自然と接しつづけてきたのではないだろうか。

最近は、手入れが面倒だからと銀杏(いちょう)の葉は散るまえに枝ごと伐(き)ってしまう。

それどころか草が生えないようにコンクリートで塗り込めてしまう。

そんなやり方をよく見かける。

そこまで行くと、面倒を避けるため、恩恵まで拒否する態度だが、どうなのだろう?


以上抜粋。


確かに、うちの近所の公園や街路樹も早期に枝払いしている状況がここ何年続いている。

春なのに新緑を愛でるのではなく、枯木の無様な姿をさらし、盛夏には木漏れ日さえなくなった。



かつて、「気枯れ」を「癒やす」ほうへと行動を起こしていた日本人。


自然の摂理を無視すれば「気枯れ」たままである。

木が枯れれば移植すればいいという身勝手な問題ではない。

自然は循環の中で潤っているのである。



部落問題は、明治時代になって「穢れ」で定着された印象がある。

扱う方も扱われる方もである。

昔はそのように固定した発想はなかったはずだと思うのは、古代日本人の知恵があればなにかしら循環していたはずである。


現代の部落問題は「気枯れ」状態である。

[ 2013年06月05日 20:50 ] カテゴリ:部民(部落)/伴 | TB(0) | CM(0)
プロフィール

beetaro

Author:beetaro
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新トラックバック
検索フォーム
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。