ビー太郎サバイバル日記

武士同士の対決は実と実との対決であるが、忍びが戦うときは常に自分は実であり敵は虚である。「正忍記」その5
ビー太郎サバイバル日記 TOP  >  2013年01月

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --年--月--日 --:-- ] カテゴリ:スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

忍者少年の仙人入門(4)三位一体について

本の筋から離れる。


トム・ブラウン・ジュニアがアパッチ族のグランドファーザーからインディアン古来の生き方の基礎を教えてもらった。

そのつど、自分のものに習得するよう自分で訓練する。

スピリットは、その成長をみとどけじゅうぶん技術が身に着いた頃合を見計らい、本人がビジョンを求め準備し瞑想したとき出てきて次の目的を指し示したという。



忍者少年もまた小学生のころから忍者の師匠がそばについていた。

学校より野山を駆け巡るのが好きだった少年は、押しかけ弟子になりにいった。

当然のごとく拒否されたが、主人以外近づけさせないという忍者犬が受け入れてくれた。

中国で出合った仙人は、誰でも会えるというものでなく、その青年の修行の力量と願いを聞き入れ出てきたようだ。

青年になった忍者少年の願いは仙術を学ぶことだったのでその指導をしてくれたという。






スピリットはどうして人間と係ろうとするのか。

トム・ブラウン・ジュニアの見たスピリットも、忍者少年の見たスピリットも別々であるがスピリットにかわりはない。

それぞれの目的に応じ、指示も違ってくる。

スピリットはひとつではない。

そして、悪魔もまたスピリットである。


しかし、悪魔の目的は人間をこのようなスピリットから逸らし、物質体に束縛し精神的になることをあきらめさせている。

人間=物体
神/悪魔=スピリット


別れさせることで宗教の誕生である。

宗教というと、まずキリスト教が頭に浮かぶ。
現代の人間に近いところにあり、組織立っているからわかりやすい。


三位一体
「父なる神・御子キリスト・聖霊」


ここの「聖霊」とは「悪魔」のことじゃないのか。

自分で「聖」と言ってるじゃないか。




人間はエネルギーを持つ生命体であるとジル・ボルト・テイラーが死の淵で洞察したように、スピリットもまた、エネルギーを持つ生命体であるなら、


人間=エネルギーを持つ生命体=スピリット(悪魔を除く)

となって、人間とスピリットは同次元に存在しているということではないのか。

人間とは、スピリットが物質化して表現されたものである。

やましい考えを持っていると人相が悪くなる。

モノと心は切っても切り離せない…と常日頃感じているではないか。

しかし、心(気)が入らないと、モノは廃れてゆく。
人の住まなくなった家が荒れるのも、手のはいらない里山が荒れるのもそういうことだろう。
自然の力で秩序を回復してゆくのは時間がかかるが、人間の手が入ることで回復力も早くなると、トム・ブラウン・ジュニアは言う。

いったん心が離れたらアバタもエクボでなくなるだろう。


スピリットは物質体を出ていけるので現世に縛られることはないようだ。
悪魔のスピリットは逆に現世に縛られているようだ。

悪魔が地獄を怖がり、寿命を憂い、不老長寿の薬を求めている。


物質世界に精神を注ぎ繁栄を計るのが人間の役割であり、それをすることで、人間もまた成長するものだと考えるようになった。

それが芸術となって人々を感動させたり、英語でLoveと言ったりする。
日本語の表現の方が豊かなはずだ。

だから、日本においては「いかに生きる」ことに重点をおいて「いかに死ぬか」などという発想は普通ではなかったのである。

どこの誰べえが言ったから正しいとか、当たってるとかでなく、まず自分が考えてみることだろう。



参考:akazukinのブログ
人間はエネルギーを持つ生命体 2012-10-01 11:53:49
http://ameblo.jp/ootadoragonsato/entry-11368270857.html

人間はエネルギーを持つ生命体である(2)2012-10-08 06:58:44
http://ameblo.jp/ootadoragonsato/entry-11374060063.html
スポンサーサイト
[ 2013年01月31日 22:02 ] カテゴリ:忍者少年の仙人入門 | TB(0) | CM(0)

フリーメーソンの情報ネットワーク

 ヘンリー・メイコウのニューズレターから
http://www.henrymakow.com/uk-insider-exposed-masonic-control-.html

The Masonic Intelligence Network
フリーメーソンの情報ネットワーク

January 23, 2013


benedict&blair 
(指の付け根に親指を置く、トニー・ブレアとラッツィンガー教皇の結託の合図)


「クリストファーは、あらゆる階層の全国組織であるフリーメーソンは、民間の情報ネットワークとしておよそ最も効率的なものだと説明した。」 (本文より)



多くのものは自分の利益にとって望ましいものとして違法に、もしくはそうでなくともフリーメーソンを利用する。


イルミナティ・ユダヤ人の銀行家は、西洋社会を陰からコントロールするのに、フリーメーソンを利用した。 この情報提供者は、汚職するつもりじゃなかったと訴えた。  実際、悪魔の秘密結社であれば、彼のような罪のない人たちでも偽装してカムフラージュするための層を提供する。 


 (See also: Makow -
"Freemasons Stage our Political Charade")

スティーブン・ナイト
by Stephen Knight

(Abridged by henrymakow.com)  


(スティーブン・ナイト〈1951-1985〉、彼の本『Brotherhood,1983)』の中でフリーメーソンを露顕させたかどで殺害された。 これは、pp.140-149からの要約です)

【翻訳:タドン】



訳者注:『Brotherhood,1983)』は、「知られざるフリーメーソン」のタイトルで日本で翻訳出版されている。

ここのブログの記事には、要約でなく日本語版から該当箇所を抜粋する。
尚、本文中にでてくる「同志会」は「Brotherhood (ブラザーフッド)」のこと。

「知られざるフリーメーソン」
訳者岸本完司、中公文庫、1990
第三部 インサイド・インフォメーション
 (164~169

ただし、本文中のサブタイトルと写真はヘンリー・メイコウのブログの構成を参考に引用し使用した。


知られざるフリーメーソン

私が約束の場所に着くと、彼は入り口近くの暖炉のかたわらで肘かけ椅子に座っていた。 ホルダーにさした細い葉巻を吸いながら「タイムズ」紙を読んでいた。 六フィート以上あるひょろっとした体格で、年の頃は五十歳ほど。 健康保険で作った飾りけのない眼鏡を別にすれば、上から下まで裕福そうな身なりをしている。 私は彼のクラブに案内されたが、身もとを隠すために、クラブの名も伏せるよう要求された。 話してみると、クリストファーは彼の三つのクリスチャン・ネームの一つ、身分は中央省庁の高級官僚であることがわかった。 「ニューステイツマン」誌の広告は掲載当時から見ていたが、別にそれを見て連絡をくれたわけではなく、例の口の堅い判事の紹介で電話したのだと明かした。 何を調べたいのかと、彼は私に質問した。 ということはあなたをフリーメーソンだと理解していいのかと私は言った。 彼はうなずいて、薄手のブリーフケースから書類を取り出した。

その書類に目を通してから、私は、もしなんらかの理由で力を持つメーソン集団と対立するようなことがあれば、恐れるべき点はなんだろうかと質問した。 たとえばビジネス競争相手になったとか、フリ-メーソンを利用した不正工作を発見した、あるいは、フリーメーソンの犠牲になって、しかも彼らの警告に背いた場合、報復されることがあるのだろうか?

「人を破滅に追いこむのは難しいことではない。 よく使われる手をお教えしよう。 グランド・ロッジの管轄下には、百万人の同志会員がいる。 この二、三十年、会員の質は低下するばかりだ。 あまりにも簡単に入れるし、品性の疑わしい人物ももぐりこむようになった。 フリーメーソンの秘密性と権力がそうした人たちを引きつけ、そうなると今度は心ある人物が出て行く。 五〇年代ならとても受け入れられなかったような人々が加入しているし、その種の会員がどんどん増えている。 フリーメーソンを利己的な目的、あるいは不正な目的に利用する人間の割合が五パーセントだとしても、その数は二万五千人になる。 それが今では二〇パーセント、三〇パーセントにも上がっている」

mascontrol 
我々はすべてをコントロールしていない…

クリストファーは、フリーメーソンの少数派グループに属しているらしかった。 連合グランド・ロッジの偏狭な役員は不行跡の存在すら認めようとしないが、それに対してクリストファーらは七〇年代の初めに、こうした不行跡を排除するか、それとも自分たちが同志会から出て行くかの二者択一を決断したグループだった。 クリストファーによれば、同志会は英国社会の最良のメンバーを結集した優れた団体であり、その目的は友愛を育み、国の福祉に貢献し、さまざまな悩みから人々を救済することである。 彼が私のインタビューに応じた理由も、それを強調するためだった。 彼はこうした主張を社会に広くアピールしてほしいと考えていた。 彼のグループはまた指導者に働きかけて、同志会の立て直しを図っていた。 具体的な目標は、適正な方針の策定、闇取引に利用されるロッジの閉鎖、汚染した同志会員の追放などである。 この無名のグループはメーソンの秘密体質はメリットよりもむしろ弊害をもたらすと判断しており、メーソンの秘密活動をすべてグランド・ロッジが把握すべきだと考えていた。





'PRIVATE INTELLIGENCE NETWORK':『民間情報ネットワーク』



クリストファーは、あらゆる階層の全国組織であるフリーメーソンは、民間の情報ネットワークとしておよそ最も効率的なものだと説明した。

警察、治安判事、事務弁護士、銀行経営者、郵便職員(手紙をコピーするには最適の職種である)、医師、公務員、民間企業、公共事業の経営者などをつなぐメーソンの人脈を利用すれば、いかなる個人情報であれ、迅速に入手できるからだ。 私生活の重要な情報を入手すれば、人の弱みを握ることもできる。 たとえば金銭的に困っているかもしれない、不道徳な行為をしているかもしれない、たとえば結婚しているのに愛人がいるとか、娼婦を買う癖があるとかである。 前科があるのを隠しているかもしれない(その情報はメーソン警察官を利用すれば簡単に手に入る)。 こうしたことに限らず、その人の弱点となるさまざまな個人情報が、六十万人から成る広範囲のネットワークを通じて、発見されるのである。


フリーメーソン 

私はフリーメーソンの「報復行為」について、クリストファーに質問した。

「その種の仕事には事務弁護士が適任だ。 格別に深刻な問題に限らずとも、なにか法律上の問題にかかわったら、人は事務弁護士に相談する」

しかし事務弁護士は、なにやかにやと理由をつけて手続きを遅らせ、用もない書類を山ほど作り、依頼人の要求を無視し、莫大な金を使わせる。 あげくのはて、依頼人が不利になるようミスリードするというのだ。

メーソンの警察官も役に立つという。 理由もなく拘留したり、証拠を捏造できるからだ。 クリストファーは言う。「狭い地域社会で働いているビジネスマンや公務員が、幼児ポルノやわいせつ罪、麻薬売買で検挙されたなら身の破滅につながる。 二度と職場に復帰できない。そんな目に合って自殺した人もいる」



CREDIT IS CUT OFF: 信用取引は停止される



クレジット会社や銀行を通じて、個人やビジネスの信用取引を停止することもできる、とクリストファーは説明する。 銀行取引を停止することもできる。 電話を仕事に使っている人には、通話を長期間不通にすればいい。 公共事業のメーソン職員は、住宅の下水施設を検査して、重大な欠陥を報告する。 その人は莫大な修理代を請求されるはめになる。 修理担当者は、今度は別の場所に損傷を発見する(実際には自分で損傷を加える)という具合だ。

法律面に話を戻せば、金銭的にいつも困窮している人が救済を訴えても、公正な審理はとても期待できない。 メーソンのネットワークを利用するグループと闘おうにも勝算はない。 保険社会保障省や法曹界のメーソンが、司法扶助の申し込みをいつまでも保留にできるからである。

「従業員はたとえ本人が、メーソンでなくても、メーソンに敵対する人物の個人情報を入手することができる。 最悪の場合、その情報が真実であれば、その人物は解雇されることもあるし、昇進の機会を奪われる」

クリストファーは続ける。 「メーソンの医師を利用する方法もある。 だが、どういうわけか医者は利用しづらい人種のようだ。 私が知る限り、会社の属託医が虚偽の診断書を書いて就職を妨害したケースは二件しかない。 他の手段にくらべればたいしたものではない」

judges 

LEADERS LOOK THE OTHER WAY: リーダーは見て見ぬふりをする


クリストファーはさらに三十分ほど費やして、同志会の悪質なメンバーが敵対者を陥れる手口を挙げてくれた。 そしてその合間にも彼は、こうした行為に加わるのは同志会のほんの一握りの連中であり、多くのメーソンはそれを許容するどころか、そうした事実を知ったら、動転するだろうと繰り返した。 しかし入会基準があいまいになっているだけではなく、そうした事件が起きるという事実が、同志会の凋落を物語っている。 フリーメーソンの最高幹部も、そうした状況を知ってはいるものの、すでにあきらめており、改善の手段を講じるより、見て見ぬふりをすることを選んでいる。

もし自分たちのグループがこうした問題を告発しなければ、汚染は進む一方であり、組織自体もいずれは消滅してしまうだろうと、クリストファーは述べている。 彼はしかし、同志会の救済だけ考えているわけではない。 フリーメーソンの悪用の犠牲になった人々も救済すべきだと考えているのだ。

「組織を敵に回したなら、それと闘うしか勝つ望みはない。 しかし闘おうが闘うまいが、ほとんどの人が最後には負けてしまう。 つまり、信頼できる人間がいなくなってしまうのだ。 いくら訴えてみても、内容が妄想のように聞こえるから、誰にも助けてもらえない。 この世がすべて自分への陰謀だと思い込むパラノイア患者だと思われるんだ。 奇妙な現象だ。 ほとんどの人には妄想としか思えないような状況を仕立て上げて、人の生活を破壊する。 抵抗をあきらめれば、被害者は破滅する。 しかし抵抗したところで、破滅が少し先に延びるだけだ。 闘ってみても、回りの人間が不幸に見舞われるから、家族にさえも背をむけられ、孤立してしまうこともある。 家族には背を向けられる、回りには誰も協力者がいない……こういう状況になれば、それこそ連中の思う壺だ。 新聞だって、目もくれようとしない。


なにが起きているかは、加害者と被害者しか知らないんだ。 そんな犯罪から身を守る手立てはない」


(『知られざるフリーメーソン』、166169頁)



Related -
Freemasonry: Mankind's Deathwish

-----------
Masonic Corruption in Canadian Judiciary

------------
Freemasonwatch.org


ブラザーフッド 


参考;akazukinのブログ

『切り裂きジャック(Jack the Ripper)』はウィンストン・チャーチルの父親だ 
 
(1)http://ameblo.jp/ootadoragonsato/entry-10973093829.html
      2011-08-02 16:53:18


(2)http://ameblo.jp/ootadoragonsato/entry-10977950178.html
      2011-08-07 01:15:45

(3)http://ameblo.jp/ootadoragonsato/entry-10979857824.html
      2011-08-08 22:14:12


解説『切り裂きジャック』
2011-08-09 22:40:27
http://ameblo.jp/ootadoragonsato/entry-10980488127.html


[ 2013年01月30日 19:35 ] カテゴリ:ヘンリー・メイコウ | TB(0) | CM(0)

忍者少年の仙人入門(3)

忍者については、

下忍による政権乗っ取りや、ニセ忍者の霊感商法まがいの詐欺行為が横行したりと、忍者にまつわる話題は秘密めいたところが多く悪事と結び付けられてきた経緯がある。 漫画の忍者はヒーロー扱いで、仕える主によって正義になったり悪になったり中間的な存在で実際どうだったのかよく知らなかったことに気がついた。

アパッチ族のシャーマン、グランドファーザーの話やその技を読んでいるうち、もしかしたら、私は武士とか忍者とか、普通出回っている固定観念から脱却できずにいたのだ。



忍者少年が来年高校卒業を控えていたころ、弟子入りした甲賀忍者の師匠が亡くなった。
兄弟子の忍者犬は、主の死を悼んで絶食し後を追うようにこの世を去った。

そうこの本には書いてある。

そういうこともあって、心おきなく中国拳法の修行に打ち込むことになった。





「仙人入門」
程聖龍著


から引用する。

もともと忍術の修行では「気」で「気」を隠す、つまり自分で自分の気配を抑える訓練をしていたし、なにより内家拳は「気」と「勁(けい)」とを二大支柱とする拳法である。 仙人の練丹(気)法には少なからぬ興味を覚えていたし、内家拳の理論的支柱である仙術がどのようなものであるかを知りたい気持ちも元よりあった。

仙術は山岳修行の一種でもあるため、仙人が住むという山に登るには麓から延々と自分の足で登る以外にない。

(116頁)





内家拳の修行も終わり、いよいよ仙人が住むという山へ案内してもらうことになった。

その山は「最後の修行」をする山で、修行者たちが険しい山を集団をなして登ってゆく。

修行のための山なので、ハイキングコースのように整備されているわけではない。

山頂に到着する前に足を滑らせ「最後の修行」になる人もいる。


無事山頂まで到着したら、寺で一晩休憩し翌朝絶壁の縁に座るのだ。

ここは相当高い山なので座って読経しているうちに凍死する。

「最後の修行」を終えると同時に人生も終える。


忍者少年は「最後の修行」に来たわけではないので、ここで仙人を待ちながら寺の仕事を手伝うことになった。

毎朝毎朝、凍死した体の背中を押して崖の上から下に落として葬る作業である。


滞在予定の一カ月が近付いて、もう仙人には会えないと思ったとき……





そんな単調な日々にも、やがて終わりが近づいて来た。

山麓に迎えの人が来る日があと十日ばかりに迫って来ていた。 僧侶にも寺男にも「仙人などいない」ときっぱり否定されたことだし、ちょうど潮時かもしれない。 少し早いが、もう山を下りようか―などと考えていた頃のことだ。

その夜も、私は登ってくる人を出迎えるために外で待っていた。

寺の前の岩場に出て、右手の下にある登山道から登ってくる修行者を待ち受ける。 いつものように套路(とうろ)をやりながらそれを待っているときに、背後の寺の横にある道が、妙に気になってきた。


物音がしたわけでも、何かが見えたわけでもないのだが、どういうわけだか気持ちがそちらに引きつけられる。

その道を上に登って行くと、西に向いた断崖絶壁の上の岩畳に出る。 修行者が最後の修行を行なう場所である。

(中略)

道は修行場の奥からさらに上に延びて、やがて小さな岩の上に突き当たる。 私はその道の奥を覗きこんだ。

すると、そこに、ぼうっと白い人影が浮かび上がっているのが見えた。

幽霊だ――と、咄嗟(とっさ)に思った。

(中略)

ただ、修行者の霊にしては様子がおかしかった。 着ている服も今まで見たものとは違うし、第一あんな長い白髭を見たのは初めてだった。 髷を結った髪といい、手に持った杖といい、あれはまるで幽霊というより仙人だ。

私はまじまじとその姿を見つめた。 確かに普通の幽霊と少し様子が違う。

その人の姿だけではなく、まわり全体が淡く発光している。 周囲は真っ暗闇なのに、どうしてそこだけ光っているのだろう。 光る空間の境目は闇に溶けこみ、白っぽい姿の向こう側には星空が透けて見えている。 肉体はあるのだが、存在自体がなんだか薄いのだ。

幻灯だろうか? 影絵のように、誰かが私を驚かそうと幻灯を映し出しているのかもしれない。 風が吹いているのに、髪も服も動かないのがその証拠ではないか。

じっとその光を見つめているうちに、私はおかしなことに気がついた。

姿が次第に大きくなっていくようだ。 じっと見ていると、時々、ふわりと光が大きくなる。 不思議に思った私は、少しそちらに近づいてみた。 しかし、光の大きさは変わらない。 やはり大きくなったのは気のせいなのか――と思った瞬間、またもやふわりと大きくなった。

やがて、その「幻灯」は呆気に取られている私の目の前に立った。

その姿はまさに仙人そのものだ。 ただし、風貌が変わっていた。 何と言えばいいのだろう、まるで髑髏(どくろ)にそのまま目を嵌(は)め込んだように見えるのだ。 それとも、やはりこれは私を迎えに来た幽霊なのだろうか?



ぽかんとその姿を眺めていると、その幻灯は手にした杖を持ち上げて、私の肩にそっと触れた。 その瞬間、凍える寸前だった身体がパーッと温かくなった。 ガチガチに固まっていた身体があっと言う間に楽になる。


やはり死ぬのだろうか? そんな思いが頭を過(よぎ)る。 凍死寸前で、今まで感じたこともないくらい身体が楽になって――つまり危ない状態になって――ついでに幻覚を見ているのかもしれない。 けれどこちらを覗きこむ彼の瞳を見た瞬間、途轍もない安堵感が胸に満ちてきた。

(中略)

ああ、これでいいのだ――そんな思いが突然湧き上がった。 この人が仙人であろうと、幽霊であろうとかまわない。 こんな目をした人なら、もう、何があってもそれでいい。 すべてを受け入れよう。

そう思ったとき、仙人めいたその人が杖を差し出してきた。

「ついて来い」

(『仙人入門』、135~138頁)




著者は仙人との出会いの場面をこのように書いている。



仙人とは人間の身体を持たないが、必要に応じて姿を見せてくれるスピリットのようなものだろうか。

仙人が自分で名のったわけでもなさそうだが、仙人と断定できたのは、その出で立ちからだろうか。

仙人とはこのような格好をしているというのが昔からあって、実際会うことのない私たちはその姿をイメージする。

そのイメージが形をつくる…ということか。

最初にみた髑髏に目玉がついたような風貌がそのままだったのか、最初のみだったのかどうか何の説明もないが、そのようなことは真意がわかればたいしたことではないのかもしれない。■



[ 2013年01月29日 14:38 ] カテゴリ:忍者少年の仙人入門 | TB(0) | CM(0)

ツボと日本人 蓑内宗一著(3)

ツボと日本人
―東洋動作学への道―

蓑内宗一著
いなほ書房
初版(1983、昭和58年)


2002年新装第一版

より抜粋


まえがき

―兵法の行動則は今日のものだ―

つづき (3)


今日までの兵法(武道)は“健康体”からスタートしていますが、今日は冒頭に縷々と述べたように“半健康体”の人人が国土に充満しています。 だからスタートも“半健康体”に役立つ行動則でなければ、


現代の健康法=東洋の人間動作学(オリエンタル・キネシオロギー)=日本伝・兵法


として有終の美をなしませんし、有象無象(うぞうむぞう)の健康法がはやったかと思うと、タバコの煙(けむ)のように消え去るのと似て来よう。 けれども、否応無く滅ぼすものがもう一つ別にあります。 それは人間自身(自分自身)です。 人間相互(自分と相手)です。 人間集団(集団対集団、集団対個人)です。 ともあれ、一人一人(ひとりひとり)が単位であることは何時の時代でも変わらないことです。 世界や社会の運命は個人の目覚めと実行(すること)に係っています。

半健康体の人人よ、非パワー体の人人よ。 私の本が自分自身の目覚めと、実行(すること)の切掛(きっか)けとなることを願っています。


最後に、私の本が前代未聞の企画だったために、取材、編集、表現において、幾度かの絶筆の危機に見舞われたが、数人の善意ある人人の物心両面に互る援助の御蔭で、やっと本になったことを感謝します。

昭和五七年(一九八二)

蓑内宗一(みのうちそういち)




「まえがき」追記

―動作学が絶対必要になった―



「今(昭57年)、私は多勢の日本人の悲しい事実に出会う。 自分自身が、動きのもと(①内臓 ②経絡 ③経筋 ④骨格)を持っていながら、自ら動くことを嫌うのだ。
“稼ぐ”という動きは、人間にとって価値あることと思っていないようにも実感される。 そのくせ、他人の動きを批判したり、見ることに心底から興味を持つ人が多い。

どうか、自分自身が動くもとであることを覚って、動いて欲しいものだ。」



と、この本の初稿を書いた時は、(昭57.1月)、これが現実の生きた忠告だったが、今年の後半から急速にOA(オフィス・オートメーション)化が進み、私がこの本の校正刷を直している時は、既にOAの激流の中に流されている自分自身を見出したのだ。 それはあたかも放射能のように万人の眼に見えす人間を変えて行くから、かつてのヨーロッパの産業革命や、クーデターによる政権交代、戦争による大変革のように万人の眼にも派手に映り、大変動をヒシヒシと身内に感じさせず、異常を感じた時は万事手遅れとなっているから恐ろしい。 誰かがふと洩らしたこうした声は至極当たり前のこと―「フランスでも、OA導入後、各職場で突然大声を出したり、上役になぐりかかるなどの異常な言動が増えて最近問題になっています。 日本でも今後、OA職場では労働時間を極端に短くするとか、休憩時間を大幅に増やすなど、何らかの対策を真剣に考える必要がありますね。もっとも女性は恋人とか、おけいこごとなど関心の幅が比較的広いため、むしろ男性の方が事態は深刻かもしれません。」

次に恐ろしいのは従来のように「これから」「今から」といった下作りの猶予期間もなく、ハッと気付いた時(これは極度に個人差がある)(はその渦中にいます。 「わざわいの時が突然彼等に臨む時、それにかかるのである」(伝道の書)いつの間にか“手づくり職場”の人人と、“コンピューター職場”の人人とが真二つに割れて時と生活が流れています。 中間層の人人はだんだん影が薄れて行っています。

そしてどちらの人間にも共通した根本問題は〈見る⇔動く〉つまり“表現”と“行動”の本末究竟からスタートしなければ職場(稼ぐ。労働価値説の世界)だけでなく、人間(自分自身)が生存(生きていること)から脱落するという恐ろしさです。

《生存⇔どう動く》か。 そこで動作学が余暇とか、趣味とか、片手間とかいった芸でもなく、必要な身につけなければならぬ学科として活用される時となりました。 私のこの『ツボと日本人』が動作学の手本というのでありません。 今(80年代)人間に必要な動作学を生み出すきっかけとなることを心ひそかに願っています。

(昭和57年12月追記。 筆者)




まえがき註
引用者注※まえがき(1)の引用文の参考資料

水野肇『悪魔の健康学』文芸春秋

著者はプロローグでこう言っている。

「……まず、第一に『健康』というのは、今の医学では、あまり研究されていない。 医学の主流は病気の研究であって、健康そのものへの医学の関心は低い。 それに健康というのはとらえどころのない面がある。 病気でなければ健康なのかというと、そうではない。 「健康とは病気でないということだけではない。 なにごとにたいしても前向きの姿勢でとり組めるような、精神および肉体、さらに社会的にも適応している状態をいう」――WHO(世界保健機構)ではこう定義している。 いわゆるウエル・ビーイングWell Being の状態を指している。 この場合の社会的適応状態というのは、いくら前向きでも泥棒のように倫理に反することをしているのでは健康ではないというわけである。

このようにみると、健康というのは、かなり主観的な面も入ってくる。 ところが、いまの医学は、脳の働きが十分に解明されていないこともあって、首から上と首から下との関連がよくわかっていない。 そのため、健康な精神(心)とはどういうもので、それがどのように体に影響を与えているのかは、ごく一部分、心療内科(サイコ・ソマティック)のようなものもあるが、学問としてはまだ緒についたばかりである。

こういった混とんとした情勢のなかで、私たちは、それぞれ勝手に健康というイメージをえがき、健康で生きようとあがいている。 科学としての医学という学問があっても、その範囲に健康は含まれない。 そこで次のような現象がでてくる。

“健康にいいですよ”といって、国民を誘惑すれば、必ずそれにのってくる人がかなり多数いる。 しかし、それが健康にとって、いいのかどうかはわからないことが多い。 現に、いろいろといわれている“健康法”については、専門家の間でも、必ず賛否両論ある。 そして、えてして曲学阿世のようなものがブームになる。」(11~12頁)


悪魔の健康学
引用者注
著書あとがきに『本書は1979年に一年間にわたって「週刊朝日」に連載したものに若干の加筆をしたものである。……正統派の医学からみると、やや斜にかまえているように見えるだろうと思って「悪魔の健康学」というタイトルをつけた』

とあるように、「悪魔の」にはそれ以上の意味を込めていない。
しかし、普通に考えても現代医療事情や考え方のおかしいことをデータを比較しながら指摘されている。

なお水野肇氏は昭和2年生まれ、新聞記者を経たのち医事評論家。




(『ツボと日本人』まえがき、5~7頁)



◆奥付 著者略歴

蓑内宗一(みのうち そういち)

健康法「武医道」の創始者。

京町衆の流れをくむ旧家(井筒屋・大丸)の出身で、出自は甲賀五十三家の名門望月家であり、その七百年にわたる家系には、望月・服部はもちろん、乱世に活躍した有名な豪族などから、系嗣者がきている異色の家だった。

だから『“五輪の書”新研究』の講義は専門家たちからコピーされ、ひそかに愛読されている。

大正11年、長崎生まれ。
東洋医学研究家、武道研究家、作家。
「ツボによる健康法」「東洋医学の効用」「経絡の原典」「武医道健康法」「東洋医学の診断法」等、著書多し。

1991年死去

 

[ 2013年01月27日 10:00 ] カテゴリ:ツボと日本人  | TB(0) | CM(0)

忍者少年の仙人入門(2)

資料として「ツボと日本人」のまえがきを載せているが、
これを書かれた蓑内宗一氏は甲賀五十三家の筆頭格望月家の出自という。

忍者少年の師匠も甲賀流という。

武術伝書には口伝が多く忍者ともなると文書が残っていないのでは無いかと勝手に思っていたが、このような書籍からでもうかがい知れることがあるかもしれない。


「仙人入門」
程聖龍著

から引用する。



こうした「教えない」教え方は、伝統武術の世界に入れば必ず出くわすものであり、今なら「古臭い」のひと言で簡単に切り捨てられてしまう方法である。

確かに組手の前に十分に型の練習をさせ、理論もすべて説き明かしてやる現代的な訓練法から見れば、こうした教え方は意地が悪いだけでなく、無意味で非合理な教え方に見える。 しかし長年修行を続けた経験から自信を持って言えるが、一見不親切なこの教授法はじつは一番親切で「早い」道なのである。


忍術にしろ武術にしろ、本来、戦場で使われた「生き延びるための術」である。

生死の際で相手と対したとき、その場ですべてを把握しなければ生き延びることはできない。 相手が初めて見る技を使ったからといって「ちょっと待った」ととめるわけにはいかないのだ。 相手が動くなか、その場で、即座に対応できなければ先はない。 そのためには「見て、その場で動く」訓練が不可欠になる。 手取り足取り教えられていたのでは、生き延びるためにもっとも必要な「その場で把握する」訓練がまったくできなくなってしまうからである。 それゆえ一見ひどく不親切に見えるこのやり方は、本来の武術、つまり「生き延びるための訓練」には絶対に必要なものだと言える。

(中略)

もっとも重要なもの――すなわち見ること、そして動かすことである。
頭脳を介さずに、知識で遅滞せず、身体そのものが考え、動くこと。 なにより重要なのはそこだ。

(『仙人入門』、67~68頁)




このような忍者少年時代の古武術修行の培った修行方法の姿勢そのまま、その後の人生も心の惹きつける方向へひたすら進む。

自然と忍術から中国武術へ興味を持った。

そのなかでも「動かない訓練」の内家拳に惹きつけられた。

理屈で無しにとにかく自分の感覚に素直に行動する。

忍術のルーツが中国拳法にあり、内家拳の源流が仙術にあるのだからそれも自然のことだったのか。

私は「内家拳」という言葉を初めて聞いたが、日本で知られている「太極拳」がそれにあたるようだ。
さらに細かく区別されるがここでは省略する。




内家拳の修行にはいかにも中国的な独特の思考法が存在していた。

〈悪い部分を捜す〉という考え方がそれだ。 内家拳の修行では良い部分は重要視されず、駄目なものや間違っている部分を探し出して、それをつぶす作業を繰り返していく。 そうして「悪いもの」が全部わかれば、後には「良いもの」しか残らない。 つまり間違いをすべて把握すれば、後は正解しか残らないというわけである。

これは常に良いものを探し、向上を目指そうとする日本人には思いもよらない発想法だった。

良いものを「良い」と認識できるのはなぜか?

それは、どこかに悪いものがあるからである。 いくら良いものであっても、単独でぽつんと存在しているのなら、良いも悪いもない。 ただそこにあるだけである。 「良い」は「悪い」があって初めて認識が可能になる。 

(中略)

そして「良い」の度合いが大きくなればなるほど、「悪い」の度合いもそれに応じて大きくなる。 まさに陰陽の世界である。 陽が大きくなるということは、その背後にそれに見合うだけの陰が存在することを意味している。

(中略)


だから内家拳はまず徹底的に「弱くなること」を目指す。 一切の力を使わず、動かないことを求め続ける。 内家拳が目指すのは生まれて初めて立った赤ん坊の無力さである。 それは絶対の弱さを手に入れることで、絶対の強さへ至ろうとする道である理由はここにある。

(『仙人入門』、87~89頁)



内家拳の美しい立姿を求め忍者少年は中国の大地へと旅立つのであった。

修行のため滞在した内家拳の老師に仙人の住むという深山を紹介される前に、あちこち町をまわっている様子も書かれている。

術のみでなくそれを生み出した風土、風景も堪能している。

いつどこへ行ったか詳しく書いていないが、どこへ行っても注意深く観察しそのままを受け入れている。

自然の中でたたずむ様子はなんの否定的解釈もしようがない。

人工的近代文明の対象物を意識したとき批判という行為がされるものである。




そんな、まだ風土の気配が色濃く残っている時代であり地域であったのだろう。

ある日あるとき、ある町を通りかかった。




……三々五々階段に立つその人達が、どういうわけか皆、同じ方向を向いている。 同じ方向、同じ目線、同じ表情―大人も子供も身じろぎひとつしないで、じっと何かを見つめているのだった。

階段の中央には人が通れるくらいの幅が空いていたので、私はそこを登りはじめたのだが、じっと立っている人々が無性に怖い。 階段の両側に立つ人々が皆憑(つ)かれたような表情でじっと一点を見つめているのだ。 何が見えるのだろうかと振り返ってみたが、何度確かめても私の目には何も見えない。

上から下りてくる老人がいた。 声をかけて、階段に立っている人達は何をしているのかと尋ねたところ、思いもかけない答えが返ってきた。

「ここは鬼の住む町なんだよ」

話しの脈絡がわからずキョトンとする私を尻目に、彼は淡々と続けた。

「この人達は、皆、鬼の子孫なんだ」

からかっているわけではないらしく、真顔でそれだけを告げると、またひょこひょこと階段を下りはじめた。 「鬼の町」がどういう意味なのか「鬼の子孫」にどんないわれがあるのかも、いっさい説明はなしだ。

(『仙人入門』、111~112頁)




この「鬼の町」の話しは、この本の中でその後もなんの脈絡ないままここでおわる。

仙人がいるくらいだから鬼がいてもなんの不思議はない……と思わせるような出来事を挿入したのか。

そんな筋書きの策略で書いているようには思えないが。

鬼と仙人の組合せは面白いと思った。

この時期にはどれくらい言葉が上達したのだろうか、犬と意志疎通ができるくらいだから探索しない。



また、著者がある風景を見た時、何の脈絡もないまま「この風景を知っている」(同書、113頁)と確信された。


なんの脈絡ないけれど……このような感じ……と、著者は自分の感性を最大限に生かし、生きているのかもしれない。


今日も、仙人のところには行き着けなかった。

仙人とはどのような存在なのかワクワクする。

[ 2013年01月25日 19:48 ] カテゴリ:忍者少年の仙人入門 | TB(0) | CM(0)

カリブの海賊[ヘブライ人]

ヘンリー・メイコウのニューズレターから
http://www.henrymakow.com/hebrews-of-the-caribbean.html

Hebrews Of the Caribbean
カリブ海のヘブライ人

2013
年1月17日


Jean Lafitte 
(1780−1826)

フランスのユダヤ人の海賊ジャン・ラフィット(Jean Lafitte)は、アンドリュー・ジャクソン(Andrew Jackson:第7代アメリカ大統領)のニューオリンズの戦い(1815年1月8日)を勝利へ導いた。


ウォール街ができるずっと前に、ユダヤ人は海賊行為の蛮行で際立っていた。  筆者リチャード・シナイ(Richard Sinai)は、彼の生地ニューオリンズが「反ユダヤ主義(anti-Semitism)」なのはユダヤ人の海賊行為とのつながりからとしてその記憶をたどった。

by R. Sinai
(henrymakow.com)


ニューオリンズで成長していた子供の時、常々、この都市は独特で、多彩で、ひどい過去があることを把握していました。 ニューオリンズがアメリカの都市に併合する以前、1802年にアメリカがフランスからルイジアナ買収(Louisiana Purchase)で買い取るまで、それはフランス、スペインの植民地として統治されていました。  私はテレビ、ラジオ、インターネットが出回る前の生活の物語を聞くのを好みました。 両親は、第一世代のロシア系ユダヤ人の移民の子供たちでした。

私のおばあさんは、虐殺が起きたため、家族がアメリカに移民したと言いました。 私は、ユダヤ人が常になぜ不安がっているのか、まだ理解していませんでした。 小学生にあがってから「ユダヤ人(Jew)」という語が動詞として使われるのを聞いたのが最初で、それは「キリスト殺し(Christ-killer)」の破壊者としてでした。

私は、さっぱりわからなかったのです。 他の子供と異なるということを知っていたのは、私が「(蔑称)ユダヤ人(kike)」だからです。  他のユダヤ人と話しをすれば、ユダヤ人が他の民族より頭が良かったので嫉妬されたとか、神に選ばれし人々(Chosen People)として知られていたから「ユダヤ人」が嫌われたと、説明されましたが、それを信じませんでした。 結局、他のあらゆる宗教やカルトは、神に愛されていると主張します。  私は多くのユダヤ人たちを知っていましたが、彼らの一部は『知的(intelligent)』のように見えませんでした。  これらの言い訳が不可解だったので、私は真実を求め始めました。



JEWS PURGED FROM SPAIN:スペインから一掃されるユダヤ人

1492年に、ユダヤ人がスペインから追放されたとき、多くの人々は国境を越えてポルトガルに入ることを決めました。  5年後に、ポルトガルもユダヤ人を追い出すことを決定しました。

カリブ海での通商ルートが栄え始めたのは、ヨーロッパに残ってオランダに移住することを選んだ大勢のユダヤ人がカリブ海貿易を繁栄させるのに関係したからです。

クリストファー・コロンブスが新世界へ最初の航海をしたとき、積み荷目録に5人のユダヤ人を計上したのは意味がありました:

・ マルコ外科医(Marco surgeon)
・ ベルナール、医者(Bernal, physician)
・ アロンゾ・デ・ラ・カジェ、会計係(Alonzo de la Calle, bursar)
・ ガブリエル・サンチェス、アラゴン州の通訳(Gabriel Sanchez the Treasurer of Aragon)
・ ルイス・ド・トーレス、船通(Luis de Torres, the ship interpreter)

上陸した最初の男トレス(Torres)は、タバコをはじめて発見しました。  結局、彼はキューバへ引っ越して、ユダヤ人企業家のタバコ・ビジネスの父として、今日に至ります。



THE TRIANGULAR TRADE:三角貿易

アーロン・ロペス(Aaron Lopez:ユダヤ人の商人であり船主)は、アメリカという新国家で最も裕福な1人でした。

TRIANGULAR TRADE 
ラム酒はアフリカに
奴隷はアメリカに、
砂糖はニューイングランドに



彼の船は、カリブ海にあるロードアイランド州(Rhode Island)からキュラソー島(Curacao)、バルバドス島(Barbados)、スリナム(Surinam)へ向けて出航しました。  これらのユダヤ商人は、『三角貿易(triangular trade)』を営みました。


奴隷はアフリカから連れて来られて、西インド諸島で、糖蜜と交換されました。  糖蜜は植民地(Colonies:ニューポート、チャールストン、サバンナ)に送られて、ラム酒に変わりました。 ラム酒として製造された商品は、アフリカへ逆輸出されました。

南アメリカ北東部スリナムだけで、1700人におよぶユダヤ人100家族が住んでいました。 40以上の地所に9,000人の奴隷のオーナーでした。 1730年までに、ユダヤ人は115のプランテーションを所有して、毎年、ヨーロッパと新世界の市場に21,680,000ポンド(約9834トン)の砂糖を送る、砂糖輸出事業を独占支配しました。



OY VAY! PIRATES: なにっ! パイレーツだって

最も悪名高く恐れられたユダヤ人の海賊は、カリブ海に潜伏して、北アフリカのバーバリーコースト(BarbaryCoast)を荒らしていました。 彼は、シナン(Sinan Reis:1546年没)、あだ名は「the Great Jew(偉大なユダヤ人)」、赤ひげ船(Redbeard)の副司令官でした。 シナンは、魔術使い(Black Arts)の開業医であると信じられていた、熟練した航海士でした。  スペインの要塞都市、リビアのトリポリ(Tripoli)に反抗する6,000人規模の軍隊をうまく誘導しました。  彼は「奴隷の軍隊(2、3を除いたすべて)を駐屯させ、優美な彼の凱旋のために討ち滅ぼさせた」。


Jewish Pirates 

"Jewish Pirates of the Caribbean: How a generation of swashbuckling Jews carved out an Empire in the New World in their quest for treasure, religious freedom, and Revenge."
by Edward Kritzler(November 3, 2009)
「カリブ海のユダヤ人の海賊: 向こう見ずのユダヤ人世代は、復讐、信教の自由、財宝の探求に、新世界帝国をいかに作り出したのか。」




もう一人、名はあまり知られていないが、それにもまして大胆な海賊は、モーゼス・コーエン・ヘンリーケス(Moses Cohen Henriques)でした。  1628年に、オランダ西インド会社(Dutch West Indies Co.)のピート・ヘイン(Piet Hein)提督に、ヘンリーケスは協力しました。 この2人組はスペイン海軍から金銀の強盗を首尾よくやり遂げ、さらに大胆になり、ヘンリーケスとヘイン提督は、キューバ海岸沖でスペイン船を襲撃し続けました。 彼らは、新世界へ行くはずだったスペインの金銀を成功裏に略奪しました。

しばらくして、ヘンリーケスはユダヤ人派遣団を彼所有の海賊島のあるブラジルに案内しました。 モーゼスも、ヘンリー・モーガン(Henry Morgan:おそらく空前絶後の最も有名な海賊の1人)の顧問になりました。 モーゼス・ヘンリーケスは彼の機転で逮捕をうまく切り抜け、犯罪の責を負わされずに済みました。




JEAN LAFITTE:ジャン・ラフィット

ジャン・ラフィットのファミリーネームは、Lefittoでした。 Lefitto家は、数世代にわたりイベリア半島に住んでいました。  ジャンと兄のピエールは、サン=ドマング(Saint Domingue)のポルトープランス(Port-Au-Prince)で生まれ、彼らのセファルディム・ユダヤ人の祖母によって養育されました。


ナポレオン時代のある時期に、奴隷反乱(slave rebellion)が勃発しニューオリンズへの逃避を強制されるまで、ラフィットはフランス領サントドミンゴに定住していました。

ジャンとピエールは、メキシコ湾を航海して、ニューオリンズ市近海の入り組んだ水路の航行の仕方を学びました。  結局、彼らは海賊になりましたが、法律的組織として保障された私略船《privateer:戦時に敵船捕獲の免許を得た民有武装船》.と通常名乗りました。

彼はカルタヘナ(Cartagena:現在のコロンビア北西部)からラフィットとその海賊ども(出没するどこでも、野蛮人〈Baratarians〉として認知された)にスペインの船を拿捕し、船上の商品と奴隷を略奪する許可を与えた書簡を得ました。 しかし、「カルタヘナ文書(Cartagena Letter)」はアメリカ合衆国に認められなかったのは、ラフィットと彼の1,000人の支援者がアメリカ合衆国で歓迎されなかったからです。

1815年(米英戦争)、英国がメキシコ湾から攻撃することを、ラフィットはアメリカ軍に警告しました。  英国軍が接近したことで、アンドリュー・ジャクソンがラフィットの援助を容認したことをわかっていたからです。

英国側の圧倒的人海戦術にもかかわらず、ジャクソン将軍率いる烏合の衆の不正規軍は勝利を得ました。 ジャクソン将軍は、ラフィットが海賊行為を処罰する法律で特赦されるのを知っており、彼の家族に米国の市民権(Citizens)を作成しました。  彼の英雄的な行動もしくは極悪非道ゆえに、今日においてアメリカの英雄として尊敬されています。


【翻訳:タドン】



参考:(海賊物語)ジャン・ラフィット
http://taleofpirates.info/file/caribbean/529/



[ 2013年01月23日 12:00 ] カテゴリ:ヘンリー・メイコウ | TB(0) | CM(1)

ツボと日本人 蓑内宗一著(2)

ツボと日本人
―東洋動作学への道―

蓑内宗一著
いなほ書房
初版(1983、昭和58年)


2002年新装第一版

より抜粋


まえがき
―兵法の行動則は今日のものだ―

つづき


私が提唱するような「医療は医療、健康法は健康法」といったたぐいの健康法は、たった今生まれたと言えよう(これは今日の情報量からの結論です。たとえばテレビで中途半端な健康法が放映された場合に、私のように週刊誌か雑誌に年二、三回程度発表している情報量と比べると、とても数千万人の視聴者に流された間違いを正すどころか、全く知らない人が数千万人いる結果になる。ふとコミュニケーション・ゼロの状態の方が、健康法の善し悪しよりも、恐ろしく身震いする時がある)。

加えて半健康体の人にとって、今日の特徴の一つを挙げると、彼らの多くが医師の手を経ず日常生活のまっただ中で死神に迎えられることです。 突如“前触れ無しの死”であり、ほんとは一瞬の惨死である。

死がいま私の前にある。
事務卓の上の電話が
突如、鳴り響くときのように。

次に、海外のスポーツの動きを見ると、個々のスポーツの技術よりも、人間の動作学〔原名『キネシオロギー』Kinesiology.原名で日本でも紹介されている)として探求されるようになったのも、人間の動作それ自体が生命と直に係っていることに目覚めて来たからだろう。 これを機会に、東洋の“気”の理論(ORIENTAL KI-FLOW LAW)を基本にした日本伝・兵法(刀法、柔術)、を“東洋の人間動作学(オリエンタル・キネシオロギー)の典型の一つとして改めて見直して欲しい。 その時皆さん方は、「スポーツは筋力の原理、武道は呼吸力の原理が土台であることを覚えるだろうし、東西文化の違いもここに渕源(えんげん)していることに思い当たるでしょう」。 これを良く理解してもらうために口絵に於いて“気”の原理と筋力の原理、日本伝・兵法の特徴像をたどる挿図をふんだんに掲載しました。[引用者注:口絵省略] それは、

健康法=東洋の人間動作学(オリエンタル・キネシオロギー)だからです。

この動作学は東洋医学の基礎理論である ①蔵象理論、 ②経絡理論、 ③経穴(ツボ)理論を踏まえています。 そしてまたこれらの理論は改めて外国人からも正しくその価値を見直されて来ています(メアリー・コディントン『生体エネルギーの反撃』森沢麻里訳、ユニバース出版社)。


さまざまな名でよばれてきた生体エネルギー ……人間の肉体をエネルギーとしてとらえて治療しようという考え方は、実はそう新しいものではない。 たとえば中国では、そのような思想は国の歴史とおなじくらいの古さを持っている。 ハリの目的の基本は、肉体のエネルギー(気といわれる)の流れを滞らぬようにすることである。 このエネルギーが滞ると病気が起こるとされている。 古代の中国人は、肉体の外にもこのエネルギーは存在していると考えていたが、事実それは宇宙を支配する生命力だった。

四十五世紀も前に書かれたといわれている世界最古の医学書『黄帝内経』の中で、つぎのように述べられている。 「あらゆる細胞に生命を与え、またそれらの中に統合されている、本質的、始源的エネルギー。……エネルギーは、空にあっては抽象的な実体にすぎないが、一方、地上にあっては有形の物質的実体に変形されている。」(この著者は、アインシュタインより何千年も前に、物質とエネルギーの統一を知っていたばかりでなく、西洋の物理学者がほんの最近になって気づいたばかりの空中におけるある種の力の存在さえ知っていたのである。)

この中国の“気”が、本章でこれから説明するさまざまな名前を持ったエネルギー―治ゆ力―と同種のものであることはあきらかだ。 何世紀にもわたり、人間はこのエネルギーを実用化しようとさまざまな試みを重ねてきたが、その過程で、このエネルギーはたくさんの名称を与えられてきた。 ヒポクラテスはすべての生物の中に流れている生体エネルギーを“自然治ゆ力”と呼び、パラケルススはアルケウス、アントン・メスメルは動物磁気、カール・フォン・ライヘンバッハ男爵はオードの力、サミュエル・ハーネマンは生命力、ウィルヘルム・ライヒはオルゴン・エネルギー、D・D・パーマーはイネイトと呼んだ。 日本人は気と呼び、ヒンドゥーはプラーナ、ポリネシア人はマナ、アメリカ・インディアンはオレンダといっている。」(13~14ページ)


“医学”という狭い門戸に限られていますが、捕えるべき基本原理はしっかり取らえている点は、生半可な日本人より増しだと思う―「身体を質量としてでなくエネルギーとして扱う治療方法を真面目に検討するための時期は、まさにじゅうぶん熟しているといえる」(強調ミノウチ)。 動作としては中国の太極拳だけしか取り上げられていないのは国際的に文献の不足に大きな原因があります。 


なぜなら医療系の文献はふんだんに本が出ていますが、兵法系の文献となると、日本国内でもまとまった本が出ていないため、兵法系“経絡文書”の竹内流「秘中口伝殺活穴所巻」、楊心流「楊心流静間之巻」、真之神道流「真之神道流極意秘訣書」、天神真楊流「柔術経穴図」、等々、を初めて公表しました。 


そしてまた、兵法系と医療系のツボの六つの活用法(呼吸点・行動点・擒拿点・運命点)を、初めて体系的に詳述紹介しました。 これらは日本伝・兵法の行動則を生んだ母体となったものです。 上泉信綱(新陰流の開祖)は、この行動則の価値について、次のように書き残しているが、それは不易な預言である。

「今日の働き手のために、兵法の行動則は
役立たねばならぬ。
兵法の行動則は今日のものだ」(取意・現代訳)

(2~5頁)

つづく


引用者参考:

生体エネルギーの反撃

『生体エネルギーの反撃』
(メアリー・コディントン著、森沢麻里訳、ユニバース出版社)


●パラケルスス

偉大なる医師か? それとも魔術師か? パラケルススと治療する化学
http://wired.jp/2012/05/23/paracelsus/


●アントン・メスメル(Franz Anton Mesmer)

メスメルと動物磁気
http://www5e.biglobe.ne.jp/~occultyo/shinpi/mesumeru.htm


●カール・フォン・ライヘンバッハ(Karl von Reichenbach)

神秘のオド・パワー
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/%89%AA%93c%81@%8C%5C%8C%E1/list.html


●サミュエル・ハーネマン(Samuel Hahnemann)

極東ブログ
http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2010/07/samuel-hahneman.html


●ヴィルヘルム・ライヒ(Wilhelm Reich)

オルゴン
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%AB%E3%82%B4%E3%83%B3



●D・D・パーマー(Daniel David Palmer )

カ イ ロ 創 世 D.D.PALMER
http://www.kyoto-chiropractic.com/ddpalmer.htm




●竹内流
http://takenouchiryu.web.fc2.com/about.htm

●楊心流(ようしんりゅう)

●真之神道流(しんのしんとうりゅう)

●天神真楊流(てんじんしんようりゅう)
http://www.weblio.jp/content/%E5%A4%A9%E7%A5%9E%E7%9C%9F%E6%A5%8A%E6%B5%81


●上泉信綱(かみいずみ のぶつな)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8A%E6%B3%89%E4%BF%A1%E7%B6%B1

[ 2013年01月21日 17:00 ] カテゴリ:ツボと日本人  | TB(0) | CM(0)

忍者少年の仙人入門(1)

古武道をたしなむ友人は、それに関して始めたばかりで有段者ではないが、それまでいろいろな修行をしてきたと見えてあれやこれやと知識はある。

先日、アメリカ・インディアンのシャーマンの修行の仕方を話していたら、こんなことを言った。

それは、仙人みたいなものか…と。

私は、そうかもしれないと、そんな気がした。

しかし、確信はない。

そもそも仙人は話の上でのことで実際見たことも聞いたこともはないのだから。

しかし、シャーマンを導いたスピリットの存在を信じてしまったために、仙人の話しもあるような気になった。

ちょうどいい本があるから読んでごらん…と、紹介されたのが、

「仙人入門」程聖龍(ていせいりゅう)著,だった。

仙人入門 (知恵の森文庫)仙人入門 (知恵の森文庫)
(2005/09/06)
程 聖龍

商品詳細を見る


サブタイトルに「忍者少年、中国武術の老師になる」とある。

忍者…

トム・ブラウンもアパッチ族のグランドファーザーのストーキングの技術を「日本の忍者のようだ」といっていた。

どおりで、外国人が忍者やサムライに熱狂する意味が分かった気がした。

ショー・コスギのハリウッド映画のニンジャシリーズの影響ばかりではなかったのだ。


程聖龍師の本名と生年は出て来ないが、「幼少より甲賀流忍術の師のもとで暮らし…」と著者紹介にあるように、そのまんまだった。


しかも兄弟子は忍者犬だった。

忍者犬は「カムイ外伝」で登場したのを見ただけで漫画の世界かと思っていたら本当だった。



著者は子供の頃、師匠に連れられてアメリカに行ったことがある。

いつだか書いていないが、なんでも向こうの日系人団体の招待にあやかってだそうだ。


話はそれるが、アメリカの日系人と言えば、日系部隊がまず頭に浮かぶ。

その二世たちは一世の親から武術を教わっていた。

ジャップ、ジャップとバカにする図体のでかいヤンキーたちを柔術で投げ飛ばしたらおとなしくなった、と言う話をドキュメンタリービデオで語っていた人もいた。

あのころの日本男子は、なにかしら武術をたしなんでいたのだ。



少年の頃、忍者修行にあけくれていた著者は、高校卒業後、都会に出て新たな武術の修行する機会を狙っていた。

東京で中国武術を知り、さらに中国には仙人がいることを知り、その仙人をたずねて中国へ行ってしまう。

言葉はどうするのか、旅費はどうするのか…細かいことはどうでもよくなった。


忍術とスポーツの違いを著者は自己の体験から簡素にまとめている。


……忍術や内家拳は、まずもって何をやっているのかがさっぱりわからない。 おまけに勝った負けたがないから、勝負に負けて興味を失ってしまうこともない。 第一忍術では木へのしがみつき方が上手くなったからといって、それで誰かに勝てるわけではない。

勝ち負けのまったく存在しない世界だったからこそ私は修行を続け、その結果「勝ち負け」ではなく「生き死に」の世界へ行き着いてしまったのかもしれない。

スポーツの世界で「勝ち負け」にこだわることができるのは、それで生命を失うことがないからである。 そこにあるのは、万が一負けてしまっても本人の努力次第でもう一度挑戦することができる幸せな世界だ。

ところが、忍術にしろ内家拳にしろ「負ける」ということは「生き延びることができない」ことを意味している。つまり「負ける」ことは「死ぬこと」に直結してしまうのである。となれば考えるべきことは、目の前にある死をいかに逃れるか、どうすれば生の側に身を置き続けることができるのか、ということになる。

「勝ち負け」がないことと、幼稚園や学校を「エスケープ」したこととの間にも、どこかで共通するものがあるような気がする。 私にとって学校とは、教え、評価する世界だった。「結果を求める世界に近寄らないこと」「評価の出る世界に近寄らないこと」は「勝ち負けの世界に近寄らないこと」に通底する。 だからこそ私は学校から逃げ出したのかもしれない。

中略


もうひとつ言うと、夢中と集中は違う。 つまり努力や集中には「するか・しないか」という選択肢が存在するが、夢中にはそんな選択肢など存在しない。 「やる・やらない」もなければ「何故」もない。 それが好きである限り、頼まれもしないどころか、放っておいてもとめられても、とにかく、ただやってしまう。 夢中には動機が無いし、好きには理由がつけられないからである。

その意味で、私にとってスポーツは所詮「努力」の範疇で、夢中にはどうしてもなれなかった。

(『仙人入門』95~98頁)



こんな調子で話しが続くので、もう夢中で読んでしまった。

人によって考え方は違うが、大事なのは自分はどう思うかであって他人がどう思うかではない。

少年が仙人に会いに行った話は次回にしよう。
[ 2013年01月20日 17:21 ] カテゴリ:忍者少年の仙人入門 | TB(0) | CM(0)

ツボと日本人 蓑内宗一著

資料
ツボと日本人
 

ツボと日本人
―東洋動作学への道―

蓑内宗一著
いなほ書房
初版(1983、昭和58年)


2002年新装第一版

より抜粋


まえがき

―兵法の行動則は今日のものだ―


私の本が、日本の武道家(推定では百万人以上と言う)はもちろん、最近とみに激増して来た外国の武道家、それに加えて全人口の半数以上とまで推定されている半健康体の人人に読まれる機会を得たことを嬉しく思う。

断って置きたいことは、この本は、“病人”を対象にしていません。 つまり社会のまっただ中で生き、活動している人人、行動をジャマする不快症状に苦しみ悩んでいる半健康体の人人、体力が無い非パワー体の人人が対象です。 世界でも自慢出来る“頭脳”の持ち主である、混在の有識階級の人たちが誰一人も旗幟(きし)鮮明にしなかった“医療”と、“健康法”とを私がはっきり区別した結果であり、今日の混乱の大きな原因が“医療”と“健康法”とをチャンポンにしている大勢の人人のあいまいな態度である、と同時に世界保健機構(WHO)のような権威ある機関でも「健康とは何か?」となると、その定義が実に心もと無い気がします―「健康とは病気でないというだけではない。 なにごとにたいしても前向きの姿勢で取り組めるような、精神および肉体、さらに社会的にも適応している状態をいう」。(註)

素直に自分の体、周囲の人人の体をズバリ直視してください。 “病人”に関わりを持つ人は医師は言うまでもありません。 そして看護している人人ですが、他の大部分の人人は社会の活動の一員として動いているでしょう。 そして残念なことにその動いている人の大部分が、行動をジャマする不快症状に苦しみ悩んでいる半健康体であったり、あるいは非パワー体の人間であるのが今日の現実です。

われわれがお互いに仲良くしたり、喜怒哀楽、生殺與奪(せいさつよだつ)の行為をしあっているのは“病人”と比べてみると、病人以外の大部分の人がしていることでしょう。 病院から宣戦布告も、立法活動も、芸術運動もスタートしていないことは、人間の生活が物語っているでしょう。 そこで止むを得ず“医療”を必要とする人人と、“健康法”を必要とする人人とを截然(せつぜん)と分けることは、今では常識でしょう。

言ってやるが良い。「医療は治るか、治らないかということを目的とし、健康法は行動(活動)が目的である」(念のためにつけ加えると、現行法では“医師”には国家試験がありますが、“健康法の指導者”にはありません。このことは法律的にも職分がはっきりしています)。


注意

この本では、もちろん他の健康書でも私が“半健康体”という言葉をつかったのは私の造語ではありません。 少年時代に耳にした岸本能武太氏の言葉が適切と思いつかったまでのこと。岸本氏は言う

「予(私)は毎日、往来や電車や学校やその他到る処で出会う人人に就いて観察して見るに、残念ながら我が同胞の大多数は、肉體(体)に於てか或は精神に於てか、実際半病人であるらしい。 栄養の不良なる、顔色の憔悴(しょうすい)せる、筋肉の軟弱なる、意志の鎖沈(しょうちん)せる、喪家(そうけ)の狗(犬)の如く、亡国の民の如しと云はれるとも、殆んど辯(弁)解の辭(ことば)があるまいと思はれる位(くらい)である。それも白頭瀕死の老人計(ばか)りがさうであるのならば、まだしものことであるが、新進氣鋭なるべき青年の間に、この種の人々の多きは、東洋の大帝国を以って任ずる日本国民として、実に長体息(ちょうたいそく)の至りである。 試みに思へ、青年の中には、神経衰弱を聯(連)想せしめるものが、少なくないではないか」(大正5年=一九一六)

―今は、客観的な統計数字が一千万以上の半健康体の同胞を計上しているし、年齢も老人とかぎらず青年層もひっくるめた全同胞の問題となっている。 そして観察者(岸本能武太)が連想したことが事実となり日日のニュースとなっている。


(まえがき1~2頁)

つづく


抜粋者注

◆奥付より抜粋 

著者略歴

蓑内宗一(みのうち そういち)

健康法「武医道」の創始者。

京町衆の流れをくむ旧家(井筒屋・大丸)の出身で、出自は甲賀五十三家の名門望月家であり、その七百年にわたる家系には、望月・服部はもちろん、乱世に活躍した有名な豪族などから、系嗣者がきている異色の家だった。

だから『“五輪の書”新研究』の講義は専門家たちからコピーされ、ひそかに愛読されている。

大正11年、長崎生まれ。
東洋医学研究家、武道研究家、作家。
「ツボによる健康法」「東洋医学の効用」「経絡の原典」「武医道健康法」「東洋医学の診断法」等、著書多し。

1991年死去

抜粋ここまで



◆岸本能武太(きしもと のぶた)

慶応元年12月16日(1866年1月22日) - 昭和3年(1928年)11月16日

参考:岡田虎二郎、岸本能武太『岡田式静坐三年』、
http://www.butterflylost.net/dl/nomura200903.pdf


◆「喪家の狗」は、本文に(そうけ)と送り仮名があるが、調べると(そうかのいぬ)が正しいとある。

[ 2013年01月19日 01:10 ] カテゴリ:ツボと日本人  | TB(0) | CM(0)

道はスピリットである


ロードは、道(road)かキリスト(Lord)か、
道は、ロードかスピリットか



こんな言葉のごろ合わせをして遊んでみた。


「武士道」を英語で「サムライ・スピリット」と訳していたのを見たからだ。

「道」を「スピリット」と訳してある。

そんな違和感は感じない。


トム・ブラウンのインディアンの師グランドファーザーの生き方を見て、

シャーマンとは治療師であり戦士である。

戦士は敵をやっつけはするが殺すのではない。

しかし、悪魔に関しては容赦できないとグランドファーザーは言う。



山本健造氏による縄文日本民族が現在の飛騨の地に最初に現われたシャーマン的な神通力に恵まれたひとびとだったなっら、

その後の時代の変化に順応しながら、あらゆる職種において最高の技を磨くよう精進されるであろう。

それは、人々の生活の向上のために作られるものであって、階級制度における下のものが上のものへ献上品を贈るのが目的ではない。


国造りが必要とされその過程で組織され登場した戦士、その後のサムライもまたその役種に応じ突き詰めるところ同じような精神を担う。

防衛を司るにはシャーマン的な精神でないと、その力を利用し、ならず者化して不届きな行動に走ってしまうと思ったので、古武術をたしなむ友人に聞いてみるとまさにその通りだという。

第三諸国において、近代文明化され治安制度が導入されると警察官が一番危ないと笑い話にならない逸話が蔓延しているのは、形式だけが取り入れられているからである。

しいては、軍隊が殺傷能力のみ尊重されがちになるのも、精神なき戦争をしかけるからである。


サムライだけでなく、日本では事あるごとに「○○道」とすべて道がついてしまう。

人間の発露、行動は「道」である。

すなわちスピリット。



スピリットとは何とも軽い感じである。

だが、いままで重く考えすぎていたかもしれない。


ただ単に漢字だけ見れば、

宗教は「道」ではない。

「教」なので先生と生徒の関係である。


タオは「道」なのか「道教」なのか。

或る時は、スピリットであり、また或る時は宗教である。

順序から言えば、「道」が先で、秘密結社的な「道教」になったのはあとのように思える。


参考:akazukinのブログ
中国の秘密社会 2010-11-28

http://ameblo.jp/ootadoragonsato/entry-10718864620.html




現代の宗教に欠いたのは行動であったかもしれない。
釈迦もキリストも苦行、修行、病人の治癒とあれほど行動していたのだ。

テレビにヒーラーとして出演している者、人の弱みに付け込み銭を稼いでいる者は何者なのだ。


都合よく宗教と軍隊と分業させられたかもしれない。
イエズス会師が先に偵察としてはいり情報を集め、次に軍隊を送って植民地化するという具合にである。


宗教がまったく別の目的で作られたものと感じるのはそのためである。◆
[ 2013年01月17日 20:24 ] カテゴリ:ビー太郎日記 | TB(0) | CM(0)

生きることはサバイバル(2)


「グランドファーザーが教えてくれたこと」
トム・ブラウン・ジュニア著
さいとうみなこ訳
ヒカルランド、2012年12月18日刊


グランドファーザーが教えてくれたことグランドファーザーが教えてくれたこと
(2012/12/18)
トム・ブラウン・ジュニア

商品詳細を見る



トム・ブラウンとアパッチ族の古老グランドファーザーとのやり取りは、日本の職人の師弟のやり取りと似ていることを以前書いた。

さらに、インディアンのシャーマンたるもの治療師であり戦士であるという記述は、

日本の武士たちの生き方を想像させた。


純粋に「生きる」ことをしてきたのが物質文明を拒絶したアメリカ・インディアンならば、日本のそれは、流入する新しい文化に適度に合わせ自分の文化を築いていったやはり「生きる」ことを念頭に置いた人びとであるといえる。


西洋は、人類がいながらも長らくイルミナティ悪魔主義に押しやられていたものが、新大陸アメリカの地に移住したことで純粋なインディンとの出会いにより本来の人間性をとりもどすかのようだ。

それ以前に目を向けるなら、インディアンもコロンブスの新大陸発見というイベントでイルミナティ悪魔主義が乗り込み、アメリカ独立戦争時に戦争に駆り出され敗北し、伝統も途絶えそうになっているまったくの瀬戸際であった。


トム・ブラウンの父親は英国グラスゴー出身と本に書いてあった。

スコットランド、グラスゴーは、悪魔主義者の多い土地柄である。



インディアンがシャーマンになる過程で悪魔との対決は避けて通れない。

このことは、釈迦の悪魔との対話や誘惑とも、イエス・キリストの荒野での悪魔との対決とも重なる。


トム・ブラウンもいよいよその課題が課せられる時期を迎えた。


「現実とヴィジョンの間に一つの世界が存在する。 そこは、善と悪、そして、スピリットと悪魔(デーモン)の世界だ。 

中略


善があるところには、悪もまた存在するのだ。 スピリットが存在すれば、同時に悪魔もいるはずだ。 片方の存在を受け入れ、信じることができなければ、もう片方を信じることはできない。 スピリットの世界のごく一部に悪魔が存在することを否定すれば、スピリットの存在そのものを否定することになる。 悪魔の存在を否定するために、自分の都合に合うように、もう一つの世界の現実を好きなように選んだとしても、悪魔が本当に消えてしまうわけではない。

何時の場合も同じだが、危険なのは、信じなければきっと消えてしまうに違いないと思い込み、悪魔や悪の存在を否定してしまうことなのだ。

悪魔はそれ自身の力だけで存在することができるので、信じたりしたら悪魔が本当に現われるなどと考えるのはおかしい。

悪魔たちは人間にその存在を証明してもらう必要などないのだ。」


(『グランドファーザーが教えてくれたこと』、第8章ストーカーという悪魔、262~263頁)


スピリットも同じく信じようが信じまいが存在するものなのだ。


この悪魔との対決では、最初コテンパンにやられる。

日頃から言われることだが、恐怖心を克服しない限りそれに打ち勝つことはできないし、悪魔の力を増強させるだけになる。

悪魔の力を増強させたままだとどうなるのか。

例えば、アウトカーストの奴隷根性が身についたままになるのではないのか。

一生、自分の人生に立ち向かうことも切り開くこともできない。

そのようにできないものの霊魂は脆弱となり、やがて消え去るのではないのか。

奴隷というのは自分で自分の人生を何らかの理由で歩めない、歩もうとしない人々である。

だから、家畜やゾンビにさせようとする心理も同じように嫌うのである。


悪魔は何をしにトム・ブラウンに近づいたかと言うと、トム・ブラウンのヴィジョンを盗もうとした。

生きるためのヴィジョンに近づけさせないために気を散らさせ、恐怖心で挫折させようとした。


そして、この悪魔との対決の試練を克服して自分のヴィジョンに生きることを決心する。■


The Quest
The Quest(1991)
[ 2013年01月16日 20:08 ] カテゴリ:トム・ブラウン・ジュニア | TB(0) | CM(0)

生きることはサバイバル




昨年末、サバイバルを普通に「生き残り」として考えていたのが覆された。

「生き残り」となると弱肉強食、優勝劣敗、力の強いものが勝って弱者を淘汰するようなイメージで思考づけられている。

しかし、これはイルミナティ悪魔主義のものだと気づいてから「サバイバル」というコトバさえ胡散臭く感じるようになった。


それが覆されたことというのは、トム・ブラウン・ジュニアのアパッチ族のシャーマンとの出会いから訓練そして現在に及ぶ活動を本で知ったからであった。

トム・ブラウン・ジュニアを知ることになるのは、元ロサンジェルス警察麻薬捜査官のマイケル・ルパートの経歴を知ってからだった。

マイケル・ルパートは彼のスクールでトレーニングを受けている。

現代の日常において、何気なく使っている言葉は、むかし使われていた言葉を逆転させて固定して認識させられている。


「サバイバル」もそうであった。

イルミナティ悪魔主義の「サバイバル」は、上記にあるように、弱肉強食、優勝劣敗を念頭に置いている。

ダーウィン進化論もこれらと突然変異が基礎となっている。

今日の社会において経済活動はもとより、進学受験、ゲーム、映画の筋書きでもみられる。

滅亡の日、いかに助かるかもこの発想からで、やるかやられるかの世界である。



本来の人間の生き方、伝統的シャーマンの生き方はサバイバルなのである。

しかし、イルミナティ悪魔主義のとは違って、自然を壊さず、生かす方法のサバイバルである。

「生き残り」のイメージが生れたのは、これが死をも辞さない覚悟が必要だからである。

むしろ、その覚悟を持つものがシャーマンになった。

シャーマンたるもの危険を回避し、豊饒な土地へ導き人々の安全な生活のため尽力するので部族の代表として尊敬された。

しかし崇拝される対象ではない。



シャーマンでなくともいったん事を成し遂げようと念じたとき、似たような覚悟が必要である。

実際死ななくても命がけで当たれば、突破口が開けるときがある。

死に対する恐怖心はイルミナティ悪魔主義がもたらすものである。

それで人間を精神的脆弱のままにし、本来成すべき道から逃避させてきたのだ、と考える。

命が大事という考え方も、自分の命は大事であって他者の命まで含まれるのかどうか。

「命あっての物種」は、何も知らない活気盛んな若者を誡めるために有効であっても、イルミナティ悪魔主義の前では弱腰になる。

そう思わせることで、イルミナティ悪魔主義の介入を許すはめになり、今日に至っている。

のではないだろうか。■




参考、関連:akazukinブログ内
トム・ブラウン・ジュニアについての記事



「トラッカー」トム・ブラウン 2012-11-20
http://ameblo.jp/ootadoragonsato/entry-11408941809.html

「トラッカー」トム・ブラウン(2) 2012-11-22
http://ameblo.jp/ootadoragonsato/entry-11410375061.html

「トラッカー」トム・ブラウン(3) 2012-12-02
http://ameblo.jp/ootadoragonsato/entry-11417973070.html

「トラッカー」トム・ブラウン(4) 2012-12-07
http://ameblo.jp/ootadoragonsato/entry-11422230882.html

「トラッカー」トム・ブラウン(5) 2012-12-10
http://ameblo.jp/ootadoragonsato/entry-11424038151.html


トム・ブラウン・ジュニアの「ヴィジョン」 2012-12-22
http://ameblo.jp/ootadoragonsato/entry-11432426904.html

トム・ブラウン・ジュニアの「ヴィジョン」(2) 2012-12-23
http://ameblo.jp/ootadoragonsato/entry-11432810085.html
[ 2013年01月15日 17:15 ] カテゴリ:トム・ブラウン・ジュニア | TB(0) | CM(0)

ロスチャイルドはユダヤ人を精神上囚人にさせる

ヘンリー・メイコウのニューズレターから
http://www.henrymakow.com/rothschilds-keep-jews-mental-prisoner.html


Rothschilds Keep Jews Mental Prisoner
ロスチャイルドはユダヤ人を精神上囚人にさせる

December 8, 2012


ジェイコブ
(Jacob Rothschild)

ロスチャイルド家は、彼らの詐欺的な国際金融資本の独占から極悪人の専制政治(例えば、共産主義、社会主義自由主義、フェミニズム)の罪をなすりつけるのにユダヤ人を利用しました。 ロスチャイルド家がユダヤ人の知識をコントロールすることによってユダヤ人をコントロールするのと同様に残りの人類を管理すると、ドレーン・ベル-ドウタン(Doreen Bell-Dotan)は言います。

"The Jewish Problem"

by Doreen Ellen Bell-Dotan
Tzfat, Israel
(Edited by henrymakow.com)

ロスチャイルド・ファミリー(特にジェイコブ・ロスチャイルド:上写真)は、世界中でユダヤ人の学識とユダヤ人の政策方針を上位にすえ絶対独占を維持します。

それは全てのユダヤ教の潮流、全て研究に着手し、いろいろなユダヤ民族のサブグループによって政策方針が決められました。

最高裁判所

特にイスラエル国に関するあらゆる事に対する彼らの興味はイスラエル国会(Knesset)と最高裁判所への寄付額において表されます。 後者は、広範囲にわたって融合されたフリーメーソンの象徴的要素の醜悪な建造物として知られています。

あるニュースソース,
Rothschilds Are Kabbalists - Illuminati Under the Leadership of Jacob Rothschild(QE,POPE)

「ジェイコブ・ロスチャイルドは、1980年RITキャピタルパートナーズとして始まった、ファミリーバンク(NM Rothschilds)を辞任しました。  彼はヘブライ語で「惜しみない手」という意味のヤド・ハナディヴ(Yad Hanadiv)、ロスチャイルド基金の議長です。 そして、ユダヤ人政策研究所(Jewish Policy Research)の理事長であり、世界中でユダヤ人に影響を及ぼす問題にとり組むことに捧げています。」


〔ところで、上記のニュースソースで「カバリスト(Kabbalist)」といわれるジェイコブ・ロスチャイルドに、私は異議を申し立てます。 彼は、カバラ(Kabbalah)を学んでいません。 彼は律法(Torah)で禁止されているソーサリィ(魔導:sorcery)を修めています。〕


「ヤド・ハナディヴ(Yad Hanadiv)[気前の良い慈善家基金(Fund of the Generous Benefactor)または管理(Hand)、を意味するものと、ブラハ財団(Baracha Foundation)があります。 毎年、組合のユダヤ人研究者の特待生(大学に非終身在職権であるもの、期限内に保有権を授与されないもの)に奨学金を与える恩恵財団。 組合の目的は、「世界中の大学でユダヤ人の就学コースにおける、指導と研究の質を強化するため」です ... 仲間とイスラエルで1年を過ごし、彼らの研究分野での構造化プログラムに従い研究プロジェクトを進めます。」

ヤド・ハナディヴ(Yad Hanadiv)のプログラムは、仲間と相談して選ばれる上級特待生と定期的に会談をもつことになっています。 のちに大学の指導教官として勤務。 組合が完成したあかつきには、仲間たちは特待生の学業が終了したとき、海外の大学でユダヤ学の教授職に就く確約を要求します。」

「ジェイコブ・ロスチャイルドはヤド・ハナディヴ(Yad Hanadiv:ロスチャイルド基金によりイスラエルのために国会(Knesset)と最高裁判所(Supreme Court)を建設した)の議長として勤めます。 彼はユダヤ人政策研究所(Institute for Jewish Policy Research)理事長でもあります。この組織は、世界中でユダヤ人の生命に影響を及ぼす問題に関して分析し、政策方針と計画を研究し協力することを主な活動とします。」

死海文書(Dead Sea Scrolls)の研究に、ヤド・ハナディヴとブラハ財団は寄付を出しています。 これは、タルムードに書かれている同時期の書物のもうひとつのユダヤ民族を比較できる唯一の望みで、タルムードの何が真実で何が偽りであるか分類整理する手段になります。

死海文書の研究は、組織的にゆがめられて、妨害されました。 死海文書の調査は、正確に情報を理解できるユダヤ人の研究の素地もなく、ヘブライ語の実力も経歴もない偽学者に常に下請けに出されます。 時折り彼らのアジェンダのために、死海文書研究をきちんと理解されるのは大変不都合だからです。



TRUE JUDAISM SUPPRESSED:抑圧される本当のユダヤ教

私個人として、死海文書で見つかるユダヤ教(Judaism)に対してずっと不安を感じています。 伝統的なパリサイ派タルムードとそれから派生したユダヤ教律法(Rabbinic)のものより、ユダヤカルト寺院Tzdokkim(サドカイ派)にです。

ユダヤカルト寺院、HaYachad〔ヤーハド『統合された人々』の意味、一般にエッセネ派(Essenes)と死海派(the Dead Sea Sect)として知られている〕は、あらゆる点においてタルムードのユダヤ教に似ています。

しかし、もっとも重要な相違点もあります。 その相違点とは、パリサイ派ユダヤ教より、常に律法(Torah)を踏まえていることです。 HaYachadの後半で条件付き降伏と歪曲を押し込むことを考慮せよと明解に述べています。

ロスチャイルド家はユダヤ教を前面に出し実践されるのを望みません。 カバラ(Kabbalah)の暗黒面が基盤となり、タルムードをゆがめています。

まさに、それこそ取り囲んで追っ払ってほしい理由なのです。

これは、ユダヤ教で教えられることすべてが歪曲であると言うことではありません。 ユダヤ人は、ロスチャイルドの猛攻撃にもかかわらず、なんとか古代の方法を忠実に完璧に正確に、驚くべき度合いで維持することができました。 しかし、邪悪な意図と目的をもつそれらによるユダヤ教への侵略は、確実にある部分成功して、被害を与えました。



---

Related - Exposing the Rothschilds (Video)
by Doreen Ellen Bell-Dotan
2008/8/15



「ユダヤ人は、赤い楯(Red Shields)のための人間の盾であってはいけません ― あなたの憎しみをロスチャイルド家とヴァールブルク家(Warburgs)に向け直してください。」

DoreenDotan@gmail.com

訳者追記
Doreen
Chemtrails in Israel May Incite a Revolution
(イスラエルに降り注ぐケムトレイルは革命を刺激するかもしれない)
February 15th, 2011

http://aircrap.org/chemtrails-israel-revolution/33906/


【翻訳:タドン】

[ 2013年01月14日 04:15 ] カテゴリ:ヘンリー・メイコウ | TB(0) | CM(0)
プロフィール

Author:beetaro
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新トラックバック
検索フォーム
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。