ビー太郎サバイバル日記

武士同士の対決は実と実との対決であるが、忍びが戦うときは常に自分は実であり敵は虚である。「正忍記」その5
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東洋医学の「神気」

「正忍記」を読んでいると、現代のビジネスマンの実用書を読んでいる気になってくる。

ようするに、時代や様式が変わったとしても精神は常に鍛えなければならないことだろう。

それが時代を生き抜く知恵なのかもしれない。



明治時代になって西洋思想が入ってから神=GODという解釈が加わった。

それまで、そのような認識は日本にはなかったのである。

しかし「神」はあった。

東洋医学の「神気」がそれである。


「東洋医学では自然界の生々流転、一時も休むことのない変化を支えているもの、それが『神(しん)』です。」

引用元:いおり鍼灸 気の種類(4)―「神気(しんき)」
http://www.iori-hermitage.jp/words/Jmedical/0001_04.html



江戸時代、蘭学医の杉田玄白(1733-1817)等の手によってオランダ語で書かれた「ターヘル・アナトミア(解剖図譜)」を基に「解体新書」を作成。


そのとき玄白らは、

「生命力の経脈(気の流れ道)である刺激伝導系の事を、…正式に「神経」と名付けた」(引用元 :「神経」の語源について http://okwave.jp/qa/q912911.html



「神経」という文字が初めて作られ使われた。






蓑内宗一氏が「武道鍛錬法」(砂書房、1996年刊)の24頁に、

気と精(血)を合わせたものを「神=細胞や体を組織・結合し形状を形造っている働き」といい、

気の運動エネルギーと栄養/スタミナで「精神力=念」が生じるさまをごく簡単に図示している。



「神経」という言葉は、「解体新書」(1774年)からできたが、それまで「神経」がなかったわけではない。



東洋医学では、古代中国の神農、黄帝の時代からすでに認知されており、それはツボであり経絡である。

それを利用し応用したのが、兵術であり忍術であった。


気血エネルギーの流れる道筋を経絡といい、蓑内氏は「臓腑経絡系(第三循環系統)」といっている。

参考 同ブログ内:気血エネルギー
http://akazukinverde.blog.fc2.com/blog-category-9.html#entry38


この気血の流れが滞ることを武士たちはきらい、虚構時間で実の行動を発揮せんがため、日々の鍛練を怠らなかったのである。


気血の流れがよくなるとツボも刺激される。

気血の流れが滞ったら滞ったところのツボのあるところに支障をきたし具合が悪くなる。

ツボを針や灸で刺激するというのは気血の流れをよくするためであった。



すると気血の流れというのは電気の流れみたいなものなのか。

経絡は血管やリンパ腺のような目に見える線はない。

武士のみならず、日本人の生活様式、立ち居振る舞いは、その経絡を鍛練するようにできていたと考えられる。

原理から行動が生まれたのだった。

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[ 2013年03月31日 00:00 ] カテゴリ:未分類 | TB(0) | CM(0)

正忍記 その8/人を破らざるの習いの解説

〈武道選書〉
忍術伝書 正忍記


藤一水子正武著
中島篤巳解読・解説
新人物往来社 
平成八年八月二十日初版発行



以下、中島篤巳氏による解読・解説。



を破らざるの習いの解説


「相手を論破したり打ち負かしたりするとそれで関係は終わりとなり、今後の謀が仕掛けられなくなる。 

また怒らせるとその時に損をするのみならず、他のことまでうまくゆかなくなる。

相手を時には抑え、時には持ち上げてうまく利用するのが一番である。

この機微を十分に心得ておかなければならない。

力には剛強柔弱があり、それぞれの用い方を知っておきたい。

これを知らなければ和らぐところで堅くなったり、引くべきところで強気に出るなどして誤まり、大失敗する。

“敵に成る”という言葉がある。

これは敵が現在置かれている立場に立って敵の心を読むことである。

“敵の心を取る”というのは、自分が相手に仕掛けた場合の時の相手の対応を推測することであり、これは“敵に成る”よりは一歩進んだ方法である。

さらに、“てきに離れる”というのもあり、これは自分は自分、敵は敵として考えることであるが、これで勝つことができるのは、よほどの達人だけである。

そんなわけで“てきに離れる”のは、普通の人なら労多くして失敗の可能性大となり、決してよくない。

相手の言葉や動きを分析して敵を読むというのは、忍びの世界ではまだまだ未熟である。

たとえば別れて次に会う場所を“どこで会おうか”などと質問しなくても、自然に相手に語らすという類こそが絶妙な技である。

いわゆる「以心伝心」であり、禅宗の「心を以って心に伝う」という悟りの極意である。

後述の「不立文字」と近い意味合いを持っている。

相手を読み、さらにそれによって自在に相手を誘導する。

これこそ忍技の真髄である。

これで大敵や才能ある相手を術中に陥れることが出来る。

この方法はしっかりと身につけるように訓練しなければならない」





「剛強柔弱」の出典は中国六世紀頃の「三略」である。

三略は上略、中略、下略から成るが、その上略に


「軍讖(ぐんしん:古代の兵法書であるが現存せず)に曰く、

柔能く剛を制し、弱能く強を制す。 

柔は徳なり、剛は賊なり。

弱は人の助くるところ、強は人の攻むるところなり。

柔も説くるところあり、剛を施すところあり、弱も用うるところあり、強も加うるところあり。

この四者を兼ねて、その宜しきを制す」




と始まり、「軍讖に曰く、能く柔、能く剛なればその国いよいよ光り、能く弱、能く強なればその国いよいよ彰わる。 もっぱら柔、もっぱら弱なれば、その国必ず削られ、もっぱら剛、もっぱら強なれば、その国必ず滅ぶ」と結んでいる。

対個人が目標である忍びの領域では剛強柔弱はさらに微妙な使い分けが可能となる。

「人を破らざる」は勝つために機をみて引き下がり、相手を油断させて情報を引き出したり、隙を突いたりして勝つ。

すなわち「柔よく剛を制し、弱よく強を倒す」はここにある。

「敵に成る」という言葉は宮本武蔵の「兵法三十五箇条」の第二十五項目と、この兵法書から発展した「五輪書」にある。

意味は正忍記のそれとだいたい同じである。

五輪書は正忍記の三十六年前に書かれており、この種の言葉はすでに兵法一般で引用されていたものである。

(『正忍記』、171~172頁)





『正忍記』
名取三十郎正澄/藤一水正武(ふじのいっすいまさたけ)丈夫著
巻頭言 勝田何救斎養真
延宝九年(一六八一)

解読・解説 中島篤巳
[ 2013年03月29日 21:30 ] カテゴリ:正忍記 | TB(0) | CM(0)

湿潤療法の実践

しもやけ/あかぎれになったのは何年ぶりだろう。

2月27日ごろ、朝起きると手がギシギシしていた。

そのうえ手が倍くらい腫れている。

最初しもやけと気がつかなかったのは、以前はかゆみがひどくて辛かった覚えがある。

今回それがなかったので、単に、手がかじかんでいるだけだろうと勝手に解釈していた。



そうしたら、右中指の第一関節あたりが割れて来たではないか。

そしてようやくしもやけ/あかぎれと判断した。



何で今頃、こんなことを書くかというと、あれから二十日以上も経つのだが、この傷が治らない。

腫れは数日で治まった。

私は少しぐらいの傷なら自然治癒で治し何もしない。

ここ数年、還元力のある塩を摂取しているので炎症は起こらない。

ところが、割れた場所が能く動かす間接なので治るどころか、傷が深くなってゆく。


そこで、傷を乾燥させているのがいけないんのだと考えた。

以前、夏井睦(なついまこと)医師が火傷の湿潤療法を提唱していたのを思い出した。

それは、消毒しない、乾燥させない治療の仕方で、その理論に私はすぐ共感した。

これは火傷じゃないけど傷口が空いているので、同じく乾燥させていたのがいけなかったのだ。


すぐ、ガーゼ付のキズバンを巻きその上からセロテープを巻いた。

空気の通過をあくまで阻止する。


すると二十日間も傷口が空いたままだったのが、次の日にはしっかり閉じていた。


この二十日間はなんだったのだろう。

知識があっても実践していないといざというとき役立たない。

放っておいても治るかもしれないが、手当はより効率よく治癒させるために必要なことはしなければならない。

私は身を持って証明するため、人体実験の機会をいただいたのだろう。



参考 akazukinブログ:

夏井睦医師関連記事サイト


パラダイム……丁髷(ちょんまげ)的発想
2012-02-27
http://ameblo.jp/ootadoragonsato/entry-11176973443.html

はたして「湿潤治療」?
2012-02-29
http://ameblo.jp/ootadoragonsato/entry-11178629099.html
[ 2013年03月28日 15:50 ] カテゴリ:ビー太郎日記 | TB(0) | CM(0)

正忍記 その7/無門の一関の解説

〈武道選書〉
忍術伝書 正忍記


藤一水子正武著
中島篤巳解読・解説
新人物往来社 
平成八年八月二十日初版発行


以下、中島篤巳氏による解読・解説。



無門の一関の解説



ここは相手の真意を知る法である。


「人の心を読むことは困難の極みであり、秘密は余計に隠し込んでしまう。 それを開くにはまず世間話で相手を持ち上げるようにし、また相手が得になるような言葉で誘う。 本筋の糸口をつかんだらしっかりと握り締め、次第にたぐりよせる。

隠そうとするところが怪しい点であるので、そこを手を替え品を替えてわかるまで話題を重ねる。 もし自分が尋ねられる時は注意しながら相手の真意を探る。

諺に“問うには落ちず、語るに洩れる”とあるがこれはまさに名言で、忍びは質問する側に廻るに限る。

事を荒立てないように細心の注意を払い、知りたい事に似ている話題で糸口を掴むことが出来る。

敵の間者を見破るには次の点に注意する。

まずその者の志を探る。

本人の得にもならないことを知りたがったり、挙げ句の果てに不相応な道理や利口を話す者は、上役から教えられて来たと思わなければならない。 

本当に自分の知識から出た道理でなければ、話の内容が変わった時には対応出来なくなり、遂には本性を現す。

忍びの達人が心を読む時は、相手に読まれたということを最後まで覚らせない。

すなわち相手の警戒心という鎧を、知らないうちに突き刺すようなもので実に恐ろしい技である。

“人に理を尽くさする習い”(どこまでも相手の意見に同調して誘導尋問を加速する法)を習熟して、何の抵抗も感じさせず、気づかさないように術をかける。

自分が未熟で物事の道理がわかっていなければ、相手の術中にはまってしまうので注意が必要である。

自分は心に余裕を持ち、利を一杯に仕掛けて相手の欲望に訴え、敵の小さな隙も見逃さないように素早く機先を制する。

古歌に

おのずから利は有明の物なれば
ひらく扉に月ぞさし入る

夜明けは気持ちが緩み、空に残っている月を見て、その美しさに心の扉を開くと、その瞬間を突いて間髪を入れず月光はさしこむものだ。

決して何時も油断をしてはならない」



ここで注目すべきは項題の「無門の一関」である。


「門の無い関」すなわち目に見えない警戒心と解されるが、出典は中国臨済宗の無門彗開(むもんえかい)による宋代の仏書、「無門関」(一二三八年著)である。

さきに述べたが古流忍術に禅の思想が入り始めたのは安土桃山時代の頃と推測され、忍術が体系化され完成をみたのが江戸時代に入ってからのことであろう。

正忍記が書かれたのが延宝九年(一六八一)である。

忍び達は忍びの世界の厳しさを、禅の思想すなわち「無と空の境地に遊ぶ悟りの世界」に救いを求め、そこに忍禅一致を意識したのであろう。

無門関の第十九則に「平常心是道」というのがあり、修羅場を潜り抜ける忍びの生きかたにも相通じるところである。

無門の関を越えて相手に気づかれないまま心と秘密を読む。

また相手の心を自由に操ることも可能にする。

心理学的に対人コミュニケーションは相手の心理を読むための「道具」であるという。

そしてコミュニケーションで不満、不安、怒りなどの捌け口、すなわち「要求充足的機能」を期待する。

重要なことは、コミュニケイトするという単独目的より、相手の心を開かせる方が遥かに多いという点である。

忍びは相手に働きかけ、コミュニケーションを目的を得るための道具として使う。

そして目的達成のためには言葉、態度、贈り物などを慎重に選び、相手から情報を放出させる。

相手が情報の送り手に変わると、今度は相手の不満、不安などに上手に付け込み、コミュニケーションの「要求充足的機能」を利用しながら密かに誘導して目的を遂げる。

忍びが精力的に人と知り合うようにするのは、相手に自分が関係ないと認知されていたら情報の発信が抑制されるという性格を知っていたからであろう。


(『正忍記』、166~168頁)





『正忍記』
名取三十郎正澄/藤一水正武(ふじのいっすいまさたけ)丈夫著
巻頭言 勝田何救斎養真
延宝九年(一六八一)

解読・解説 中島篤巳
[ 2013年03月26日 00:14 ] カテゴリ:正忍記 | TB(0) | CM(0)

サタンこの世の君主

ヘンリー・メイコウのニューズレターから
http://henrymakow.com/2013/02/Guy-Carr-Globalists-are-Satanists%20.html



Guy Carr: Globalists are Satanists
グローバリストは悪魔主義者だ


「サタンこの世の君主」より、ウィリアム・ガイ・カー著

February 27, 2013

guycarr
(ウィリアム・ジェームズ・ガイ・カー司令官(1895-1959)、第二次世界大戦中、カナダの諜報機関勤務)

ガイ・カー(Guy Carr)、第一次世界大戦、潜水艦の航海長、
Pawns in their Game (1955)[邦訳『闇の世界史』]と
Red Fog Over America (1956)[未邦訳]で
悪魔主義者の陰謀に警報を発した。

彼の死後1997年に発表された、Satan, Prince of this World(サタンこの世の君主)で以下に抜粋した共謀者と個人的に接触し解説する。





カナダの上級官僚は、彼に言った。:

「人類を救おうなんて止めなさい。 圧倒的多数は、時間をかけるほどでなく、事件でもない。 彼らが全体主義独裁政権の支配下で生きることを強いられても、ほとんどはより裕福になるだろう。 それから、政府が決定することは彼らにとって良いことなのだ。」(本文より)




By Commander Guy Carr
(from Satan, Prince of this World, 1959, Chapter 8, Abridged)


1945年以前のことだ、ワンワールド世界政府が、多大な世界問題、特に政治、経済、社会、宗教面で唯一の解決策であると、私は確信していたのだ。


国際連合の組織化を手助けしたと自称する男との個人的接触がなくても、何かがどこかで間違っていたと思い始めていた。


海軍本部の軍務に任命された1944年、7冊の本を公刊していた著述家であった私は国際主義者として迎え入れられた。 これで、ウィリアム・マッケンジー・キング(William Lyon Mackenzie King)首相の被保護者であるカナダ政府のトップレベルにあたる男たちと個人的接触することになった。 彼の邸宅は、“本当に”ソビエト大使館の近くにあった。 彼の手先(Hatchet men〈殺し屋〉が適語)は、冷酷で、悪辣だった。 マッケンジー・キング首相自身は、スフィンクスのことわざくらい不可解な人物だった。



king
(マッケンジー・キング、1874-1950で、元ロックフェラーの使用人は、1930-1935を除いた1921-1948年、カナダの首相を務めた.. 未婚。)



首相は、驚異的な人物だった。  疲れ知らない不屈の持ち主だった。 彼が人選した内閣には無制限の服従と奉仕が要求された。 性格の範疇に限っていうなら氷のように冷酷だった。 もし彼に人間の感情があるならば、連中を氷点下の保管所に閉じ込めて出さないだろう。  彼の微笑んだところは見たことがないくらい、典型的な「ポーカー」フェイスだった。  彼の目は深くて、突き刺すようだった。 しかし、目が「魂の窓」であるならば、彼が首相になるとうの昔に、マッケンジー・キングは魂を失っている。


公務期間中、人々に面会し握手をかわした。 首相と握手しただれもが、死んだ魚を拾った時の感触を思い起こさせたという。 彼には全世界に同じ目的に向かう親友がいないとパーラメント・ヒル(訳者注:政府機関が集まった場所)でささやかれた。  例外があるとすれば、それは彼の床屋だった。 が、ほぼ四分の一世紀近く、再三にわたって、彼とカナダ自由党に投票する有権者を魅了させた秘密の力があった ......大学時代の彼を知り、彼が死んだ後も仕えた一人の男は、困る口調で言った、 「マッケンジー・キングが友人を充分信用しなかったのは、悪魔だからだ。」 他に、次のようなことを言った: 「彼は国際的陰謀に加担していたので、睡眠中、寝言でばれることを恐れて結婚する勇気がなかったのだ。」



OPPORTUNITY TO JOIN:出会いの機会


オタワで任務を遂行していた時期、私の英国王室に対する忠誠心が明瞭で、ワンワールド世界政府の「考え(idea)」を受け入れない恐れがないのか、それを判断するのに注意深く探りを入れられた。 たとえ、その配下の国家政府がそれぞれ自分自身の問題解決の権限を持ってよいという事実が強調された「考え(idea)」を示したのが当局だとしても。  この申し出は、明らかに嘘だったので、私はその時以来とても用心深くなった。


ナチズムを利用して、その秘密の計画に共産主義者を奉仕させるつもりだった「秘密権力」が存在するのと、議論の余地のない世界支配を強奪する野心を知ったため、私はもっと多くの事柄を探る決意をした。 それで、私は国際主義者のふりをした。 それから、政府の代理大臣級の人たちや、政府の舞台裏で奉仕した「スペシャリスト」、「エキスパート」、「アドバイザー」の何人かとの個人的接触によって情報がもたらされた。 それゆえ、私は真実というものを疑い始めたのだ。

prince


一般的に言って、これらのワンワールドを唱える大部分は、悪魔主義者だった。  彼らは、礼拝に出席することを避け、宗教を嘲笑した。  受け入れるものはフロイトの道徳規範である。 それは彼らが何をしたのか、または、彼らの肉体の快楽と欲求をどこで満たすのか、気にしないことを意味する。  神(God)の名を用いるならば、彼らは常にいじわるく主の名(His Name)を用いた。  彼らが「イエス・キリスト」の文字を用いるならば、それは日常会話における注射の意味であったか、ワイセツなタブー語であったりした。  事実を公然と明言することなく、彼らは明らかに、アルバート・パイクのパラディオン様式儀礼(Pike's Palladian Rite)か大東社(Grand Orient Masonry)の熟練級の位階だった。  彼らが将校クラスの集会場で酒宴を催しているときや、他の機会で、メーソン員とコロンブス騎士会(Knights of Columbus)がお互いを認知するためサインを出すのを見たとき、私の観察は終えた。 


参考:Pike's Palladian Rite
我々のリーダーは、異教徒の神を崇拝する(2009-11-17 17:06:35)

http://ameblo.jp/ootadoragonsato/day-20091117.html


私は間違っているかもしれないが、コートの一番上のポケットに添えたハンカチーフの折り目によって、彼らが互いを認識し、特定することができることで、明らかに、神から離反して悪魔主義者になった人物を観察して、私を確信させた。


女性に関する限り、彼らはパイクのドグマを明白に認めた。 新規にまたは改革されたパラディオ様式(Palladian Rite)の儀式に参加する全議会の議員は、「採用の議会(Councils of Adoption)」の中から女性を選び組織だてすることを、パイクは義務づけた。 これらの女性が男性メンバーの共有財産として使われることになっていたのは、パイクのドグマによるもので、メンバーが「完璧(Perfect)」になる前に、心と感情と肉体への欲望を絶対に制御させなければならなかった。 彼らが女性に熱情や愛を感じて脆弱だったために、多くの男が任務から誤った道に踏み外したと、主張した。 彼は、結社のメンバーとして「完璧(Perfect)」になるために、感覚と感情の絶対的制御を得なければならず、性的な衝動の制御を得る最高の方法を提案した。 「情熱がほんの少し、または、まったく無用で、彼らの意志のために女性を束縛する」ように女性を使った。


ロンドン、オタワ、ワシントンに住んでいる人で、同性愛に関する限り承知していることは、これら3都市がソドムとゴモラのような近代都市であるということだ。  「バージェスとマクリーン(Burgess and McLean)事件」は、私が意味づけている特有な例だ。

参考:ケンブリッジ・スパイ
http://britannia.xii.jp/cinema/title/cambridge_spy01.html




THE FISH ROTS FROM HEAD DOWN:魚は頭からダメになる(腐敗は上層部から)


sorokin

異常な性行為が現代の米国の政界において頻繁に突出するのは、性による贈収賄と恐喝が金融腐敗と同じ次元で現在一般的になっている、と、ピティリム・ソローキン(Pitrim Sorokin)教授は、The American Sex Revolution(アメリカのセックス革命)で、述べている。



「性的に悪名高い人やそれらの被保護者は、大使館職、または高官に任じられている。 これらの不品行な人々は、時々、中心都市の知事、内閣役員、政党のリーダーになる。  我々の政府官僚間で、異性愛、同性愛の両方で不道徳きわまりない巨大な一団になっている。 特に自制、純正、忠実がますます奇妙なこととして見られるように、我々のモラルは変わりました。」と述べる。



ソローキン教授の本は、他に類を見ない、また紳士淑女のあやしげな交際関係を扱ったキンゼイ博士の本のようではなかった。



悪魔主義によると、市民を納得させることで、すべての社会階層、すべての政治形態で道徳の堕落を助長させ、その異常な性行動が普通になることは間違いない。 さらに、神の戒律と旧約および新約聖書の教えに基づいた文化的国家によって一般に受け入れられた道徳律は、古臭く、利己的な目的のために教会と国家によって導入されたという。  しかし、間違ったセックスの概念を確立した後というのは、私たちの造物主であるGodにとって予定通りのことであって、悪魔主義のねらう「もっともベストな革命期は、道徳が欠けている思春期」である。 Pawns in The Game[邦訳:『闇の世界史』]で既述したように、レーニンがこれをしゃべるのは、他の悪魔主義者が以前に何百篇述べていることを確認していたのだ。



少年犯罪の増加に責任のある上層部(THE TOP)を管理するのは悪魔崇拝主義者である。 しかし、常にこの問題を調査するのに世界の政府によって選ばれるのは、その主目的から外れたありとあらゆる枝葉末節の原因が出される ...


私は、カナダで保健省と厚生省のトップレベルの官僚と、[これらの問題を]討議した。 彼は、文字通り鼻を鳴らし、「さて! あなたは我々に何を提案するのかね ... 公務員以外の罪のない同性愛者を心の欲求の喜びのままに妙な想像を享受できる刑務所に入れるのかね?  それらの多くは、ものの見事に男たちに気があるのだ。 仕事では、彼らは効率的に何時間も長く働く。 あなたは、オスカー・ワイルドが同性愛者であったことを忘れているようだな。 人類を救おうなんて止めなさい。 圧倒的多数は、時間をかけるほどでなく、事件でもない。 彼らが全体主義独裁政権の支配下で生きることを強いられても、ほとんどはより裕福になるだろう。 それから、政府が決定することは彼らにとって良いことなのだ。



1945年、ある病院で、 ...カナダの有力な司書の1人の協力のもと、より深く掘りさげて調査し、主導者であるワイスハウプトとパイクのような男たちの二重生活について学ぶことができた。 しかし、本を読み漁り勉強して、初めてようやくイルミナティを理解できたのは1956年、『Pawns』と 『The Red Fog』が出版されてからだ。 この本はサタンのシナゴーグによって制御された上層部に秘密の筋書きと意図があることを暴露した。



パイクの二重人格に関する情報を得るまで、サタンのシナゴークがルシファー主義(Luciferian Creed)の高次の君主たちに支配されているという証明を掘り起こすことができなかった。 一旦この秘密を看破して明らかになった暁には、今日世界を苦しませる戦争と革命がルシフェリアン(Luciferian)の陰謀の要であって、世界革命運動の全ての面が陰謀の一部にすぎないのである。
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Makowのコメント-ワンワールド世界政府の背後にいるのが同一であることで、カーはまだ混乱していたかもしれません。

彼の言論から:
「オタワで任務を遂行していた時期、私の英国王室に対する忠誠心が明瞭で、ワンワールド世界政府の「考え(idea)」を受け入れない恐れがないのか、それを判断するのに注意深く探りを入れられた。.. ..」

イギリス王室、すなわち、イングランド銀行のフリーメーソンのユダヤ人の株主は、ワンワールド世界政府(実際は単に『英国』帝国主義の変身したもの)の背後にいます。 米国は、このアジェンダの現在の道具です。

【翻訳:タドン】




[ 2013年03月24日 01:00 ] カテゴリ:ヘンリー・メイコウ | TB(0) | CM(1)

『生き残り』って言葉大っ嫌い

母方の叔母から彼岸前に電話がかかってきた。

三年前母が亡くなってから、お盆とお彼岸にうちの方まで足を延ばし墓参りをしてくれている。

うちの墓は、家から歩いて五分くらいのお寺にあるので、いつも何かを持ってきてくれる。



最初は敬遠していた叔母だったが、だんだん癖もわかってきた。

一方的に自分の要件を言って電話を切ってしまう。

今回は、お昼頃つくから一緒にご飯を食べようといわれたが、ちょうどその時間は歯医者に行くので、断った。

しばし絶句。

このような方は、自分の予定がとん挫した場合、他の機転が利かなくなる。

それで、話は打ち切りになる。


当日、朝九時に電話がかかってきた。

叔母からだった。

今から家を出るから十時には会えるだろうか…という。

電話を切ってゆっくり計画を立て直したようだ。

お寺で会うことを約束した。

叔母は、二年前にご主人を亡くされ、ご自身もがんを患って奇跡的に回復され、余生と思って飛び回っている。

親戚のお墓参りが日課となっている。


墓参りが済んでお茶を飲もうという。

歯医者に行くのに間に合うでしょと、向こうが言う。

一方的に話をする方でこっちの意見は聞かない。

きっと話すことが発散なのだ。


毎度、同じ話のローテーション。

そろそろ、時間が気がかりになってきたころ、

「今の若い人たちは、『生き残り』って言うけど私この言葉が大っ嫌い」

突然、脈絡もないところに飛んだ。

私も『生き残り』を再検討していたので、ちょっと黙らせてみようと口をはさんだ。


「『生き残り』はダーウィン進化論で『弱肉強食、優勝劣敗』の意味合いが強くゲーム感覚で使われていますが、古代の日本人の考えていた『生き残り』は自然と伴に生きる意味合いだったそうです」

思った通り、しばし沈黙。

自分のペースに戻って、

「『生き残り』って言葉大っ嫌い」

を繰り返す。

そのうち時間だと気がついて、別れた。



私は、叔母のような方を大勢みている。

なるべく、相手の言うことも否定しないで、自分の意見を押しつけないように説明や理由をつけ加えるのだが、

ただ、困ったことにこういう方は、自分と違う説を言われただけで「拒絶された、否定された」と思うらしい。

私は根拠のない話などないと思っている。

その根拠なり、問題の過程を聞いたとしても、感情で判断する人はわからないだろう。

モノの真相はどうでもよく、同調してほしいだけなのだ。

叔母のように、感情にモノを言わせている方とは深い話や建設的な話が出来ない。




死んだ母は他と違って、私がこのような話をしてもちゃんと受け入れてくれた奇特な方だった。

何でそう思うのか? とこっちが聞き返した。

「考えてみれば、そうかもしれないと思ったから」

合掌
[ 2013年03月21日 22:30 ] カテゴリ:ビー太郎日記 | TB(0) | CM(0)

正忍記 その6/極秘伝の解説

〈武道選書〉
忍術伝書 正忍記


藤一水子正武著
中島篤巳解読・解説
新人物往来社 
平成八年八月二十日初版発行




以下、中島篤巳氏による解読・解説。





極秘伝の解説


正忍記序と初巻とは主として忍びの技術面について、また中巻は相手の心理を含む忍びの周辺環境について、そしてこの下巻は極秘伝であり、忍びの心に関する奥義ともいえる内容で盛られている。

具体的には心得七項目と奥書から成っている。

まずは序論である。

そのしめくくりで文面をとらえるのではなく、行間をしっかり読み込むようにと強調している。

「忍びの習いは千変万化であり、とても伝えもって教えても教えきれるものではない。

ただ、大事の一つは常に国々所々をよく知っておくこと。 その土地の人の気持ちを覚って、上手に対応すれば目的は叶う。 心智を働かせてその地をよく知れば、道理至極なことを自然に行うことが出来、目には見えない人の心の門、すなわち警戒心という関所の一つを通過することが出来る。

忍びの奥義は智恵にあり、その“心智の明らかなる”巻物を巻けば一寸四方に収まるが、これをひもとけば上下四方の六方に展開する巨大な世界がある。

これさえしっかりしていれば、必要な時に必要なものが得られる。

これからの条項は秘密の奥義を修得するためのものである。

しっかりと文字二の奥にあるものを見極めなければならない」



ここには術の根底に禅の思想が流れていることがわかる。

序の要点は「書は言を尽くさず、言人(心)を尽くさず」、すなわち達磨の四聖句の中の一つ「不立文字」にある。 禅は物事を解釈するにあたり「放下着」が鉄則である。 下着とは固定観念を意味する。 下着を放つ、すなわち固定観念にとらわれない思考過程である。 これは忍術の根本原理であり、忍びの倫理感や哲学を形成している。 

この禅の影響こそ日本の忍術の特徴であり、中国の「間」とは根本的に異なる点である。


忍びの世界に禅の思想が入り込んだのは厳しい戦国期とは考え難く、比較的余裕が出来た安土桃山時代に入ってからのことと思われる。

「高越下に入るの習い」の項に「古流」という用語が見られるが、この古流の意味は戦国期以前の忍びを意味すると考えられる。 換言すれば、中世の修験、山岳密教、陰陽道を背景に成長した忍びが古流であり、これに精神面を重視した「禅の思想」を加味して完成したものがこの伝書にみられるような体系的日本伝忍術“いわゆる忍術”であると考えてよいだろう。

(『正忍記』、161~162頁)



参考:「不立文字」(ふりゅうもんじ)

「百学連環」を読む:不立文字
2012年 10月 12日 金曜日 筆者: 山本 貴光
http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/wp/2012/10/12/%E7%99%BE%E5%AD%A6%E9%80%A3%E7%92%B0%E4%B8%8D%E7%AB%8B%E6%96%87%E5%AD%97/



参考:「放下着」(ほうげじゃく)

放下著(五家正宗贊)
http://www.rinnou.net/cont_04/zengo/060801.html


『正忍記』
名取三十郎正澄/藤一水正武(ふじのいっすいまさたけ)丈夫著
巻頭言 勝田何救斎養真
延宝九年(一六八一)

解読・解説 中島篤巳
[ 2013年03月19日 23:00 ] カテゴリ:正忍記 | TB(0) | CM(0)

イエズス会と織田信長

おりしもバチカンで新しい教皇が選ばれたのが、2013年3月13日夜。

アルゼンチンのホルヘ・マリオ・ベルゴリオ枢機卿(76才)は、はじめてイエズス会出身から選ばれた。


写真をご覧になる通り、新教皇は白人のような顔立ちである。
アルゼンチンには先住民をほぼ絶滅させたあと、ヨーロッパから移住した白人が住み続けている。


参考:akazukinのブログ
イエズス会・南米ミッション村(2009-10-31)

http://ameblo.jp/ootadoragonsato/entry-10377327073.html


参考:行政調査新聞-
「聖マラキの預言」が暗示するバチカンの終焉(2013年 3月 13日(水曜日) 11:07)

http://www.gyouseinews.com/index.php?option=com_content&view=article&id=238:2013-03-13-02-08-03&catid=37:2009-07-08-21-58-00&Itemid=53


キリスト教国では昔から言われてきたのが、ノストラダムスやマラキ書の預言にある「最後の黒い教皇」ではないかという話題。


前教皇ベネディクト16世も「黒い教皇」と呼ばれた。


もう一人、常に「黒い教皇」と呼ばれるのはイエズス会総長。

これで、表も裏もイエズス会になった。

これでは、キリスト教というよりイエズス会の方が問題ということではなかろうか。






イエズス会は日本とも縁が深い。


日本に最初にキリスト教を布教しにきたのが1549年ポルトガルから来たフランシスコ・ザビエル(イエズス会)。

フランスとスペインの国境沿いにあるバスク地方出身でポルトガル王ジョアン三世の依頼で派遣されたとある。

バスク地方はサンティアゴ・デ・コンポステーラ巡礼の出発地点でもある。



1492年1月、イベリア半島での最後のイスラム教徒の拠点であるグラナダ(スペイン)が陥落した。

キリスト教徒がイスラム教に支配(718~1492年)されていた領地を奪還した「レコンキスタ(国土回復運動)」である。

イスラム教国に支配されていたとはいえユダヤ人には寛容で大勢住んでいた。
南スペインの都市の旧市街地に行けばユダヤ人街が残っている。


1492年といえば、コロンブスがアメリカ大陸に到達している。


スペインではキリスト教国になってユダヤ人の排除が始まった。

ポルトガルや他の地域に移ったユダヤ人もいたが、留まる以上改宗を余儀なくされた。
ヨーロッパを出てアメリカへ移住したユダヤ人も多かった。
それらは、海賊で商売をした。

イベリア半島の金融中心地だったベネチアもその中心をオランダ、アムステルダムへ移動する。

そんなヨーロッパでの動きのなか日本では、

ポルトガルから派遣されたイエズス会は、織田信長から許可を貰って布教活動を行ない、
豊臣秀吉は「バテレン追放令」を発令し、
徳川家康の鎖国政策下で唯一貿易許可を与えたのはオランダというのも上記の動きによく合っている。


日本は他の植民地国と違ってどうしてこのようなことができたのだろう。

日本人の意識はどのように形成されていったのだろうと、考えていた。

このブログでも紹介している甲賀流忍術の出である著者が書いた「正忍記」や「ツボと日本人」という本を読んでいて、思い立ったことは、織田信長の天下統一事業は、日本人の発案ではなかろう、ということだった。

行動を起こすには、その根拠が必要だ。

心の動きが行動につながる、と考えるのは日本人。

織田信長に入れ知恵した過程と根拠があったはずである。



そして、奴隷は心を失くして言われたことを忠実にするのが良い奴隷。




別のことを調べていたら、このような本を見つけた。


信長と十字架―「天下布武」の真実を追う

立花京子著、集英社新書、2004



立花京子さんの経歴が面白い。


一九三二年東京生まれ。 東京教育大学理学修士(数学)。 
朝日カルチャーセンターの古文書講座(林英夫講師)を九年間受講。
その間、一橋大学の池享教授、神奈川大学の三鬼清一教授のゼミに参加しながら、独学で戦国史を研究。


云々。

とある。

カルチャーセンター出で博士号まで取られた。
このような方は専門家にない視点で遠慮なく切り込んでいってもらいたい。

内容はさておいて、著者の狙いを書き出してみる。


「私は、信長はその武力によって天皇を守護するという大義名分を掲げながら、天皇を最大限に利用した功利的勤皇家であり、中世の仮面をかぶって近世を開こうとした人物であると位置づけました。」(はじめに、3頁)


「『天下布武』の真実、すなわち、信長の全国制覇は南欧勢力と密接に関連していたとの仮説を思いついてから、もう十年以上の月日が経ちました。 ……
この説は、従来の英雄、かつ革命児としての信長のイメージを大きく変えるものでありましょう。……

私をして長年研究を続けさせている力は、謎解きの面白さは別として、私が着想した仮設を論証して公にしなければ、私たちは真実と違う話を、自国の歴史としていつまでも受容することとなる恐れであります。……


信長の全国制覇が、南欧グローバリゼーションの一端を担うものであったことは、従来の研究では、まったく考慮されていませんでした。……

本書におきましては、イエズス会が宗教団体としてふさわしくない部分があったことを示す記述がありますが、それはあくまでも十六世紀の歴史としての把握でありまして、現在の同会はまったくこれらと無関係であると認識していますことをお断りいたします。」

(あとがき、258~259頁)



イエズス会についてのお断わり書きは、それより前に述べた著者の言葉からして矛盾してはいまいか。


[ 2013年03月18日 22:42 ] カテゴリ:未分類 | TB(0) | CM(0)

全体意識の「実」


「正忍記」は延宝九年(一六八一)、名取三十郎正澄/藤一水正武(ふじのいっすいまさたけ)丈夫によって書かれたものである。

現代語に読み下し、解説を加えたのは中島篤巳氏である。

「一流の次第」の解説で、


「武士同士の対決は実と実との対決であるが、忍びが戦うときは常に自分は実であり敵は虚である。」

との読み下しは中島篤巳氏による。

その状況は「正忍記」に解説がされてある。




「実」について自分で解釈をしてみる。

全体意識は自分という中心から四方八方に放射するエネルギーである。(遠心する意識)

全体主義は、ファシズム国家のように権力の中心にエネルギーが集まることである。(収縮する意識)

とした場合、


全体意識、または一体意識の強弱で自分との関わる世界が大きくなったり小さくなったりする。


全体主義は、意識が強かろうが弱かろうが権限は自分以外のところにある。

「虚」であるワンワールド世界政府はこの全体主義を目指している。


全体意識を持つこと、が「実」なのである。
大きい「実」の世界観を持つ者が師となり、小さい未熟なものはそれを目標にしたであろう。


現代、この「実」の世界観が「虚」の世界観にとってかわられようとしている。

たとえ「虚」が大きくなろうと、「実」で生きることは可能だということを先祖が身を持って教えているようだ。



[ 2013年03月17日 14:10 ] カテゴリ:未分類 | TB(0) | CM(0)

「日本や世界や宇宙の動向」というブログを見てみた

日本や世界や宇宙の動向
http://blog.livedoor.jp/wisdomkeeper/archives/51871499.html

という勇ましいタイトルのブログがある。


「エリザベス女王有罪判決」(2/26付、上記サイト)の記事をきっかけに読み始めたサイトである。


このブログの管理人がイギリス在住のようなことが書かれてあったと思っていたら、先日は国内を旅行した話があったり、

一人でやっているのか複数人でやっているのか定かではない。

英語が達者なようなので早い段階にニュースの概略を紹介してくれているようだ。

こういう人の存在が増えてくることは喜ばしいことである。


と思っていたところ、


まだ全部見ていない過去記事を拾ってみると、


「ベンジャミン・フルフォードのクローン騒動」や「宇宙連邦」「チャネリング」と

最初は私にとってどうでもいいような記事が続いていたようだ。


いままで気乗りしなかったのでも紹介した手前、読んでみるかと言う気分になって、読みすすめた。


すると悪徳商法と似たようなパターンが見えてくる。

しかもかなり高度な内容に仕上がっている。

いえ、彼女ではなく「宇宙連邦」や「偽忍者白峰」等々のアセンションにまつわるスピリチュアルな話しがである。



怪しいものがたくさんあると彼女も言っているように、彼女が紹介するのも怪しいものがたくさんある。

このように出回る情報が多くなると、デマも多くなる。

情報が整理できず、混ぜこぜになる人々が多くなるだろう。





私も怪しいものを紹介しているかもしれないが、一応基準を設けているつもりだ。

まず、人間が基準である。

人間は宇宙原理の自然の中で、今という現在に生まれた。

「私」という自我を持っている。

生きている「私」に主権がある。

どんな生き方をするか「私」が決めなくてはいけない。




「私」の主権を放棄させるような事象、状況には注意をする。

宇宙連邦やスピリチュアルな話には「私」の主権を放棄させるような内容が多い。


何故こう言う話が多くなったかというと、宗教に続く新しい管理体制の準備であると思っている。


地球上で国、民族や人種で対立させるように、その効果が薄れてくれば、主義主張で対立させたり、それのさらに先をいくと、場所や意識を変えさせて、パターンは同じで宇宙人や霊をもちだし代理戦争をさせている。

これでは「私」がなくなり、他力本願、無責任のままなのには変わりない。





他人が「私」の代わりにやってくれるのではない。

未来というものが用意されてて、それに合わせるのではない。

「私」は、エゴイストの「私」ではなく、宇宙原理の中の「私」を育てることが目的なのである。

浮足立たない「私」になるためには、現実や実践に則していくべきなのである。


[ 2013年03月13日 17:00 ] カテゴリ:ビー太郎日記 | TB(0) | CM(0)

「部民(べみん)」と「伴(とも)」

3月9日付「虚構時間 3/日本対台湾戦」

を書いた。

ここで「知識の集積、情報の確保、生活の工夫等、防衛のための準備」

との言葉を使ったが、実をいえばこれは抽象的であることは承知していた。

自分が思っているのと他人が思っているその尺度が違うことを念頭に、

また、自分が思っていることが正しいとは限らないということも念頭に、

その時流の状況下で意味合いが替わるのも念頭に、

固定できないが、落ち着き場所をさぐるようなものだ。





3月11日付「正忍記 その5/一流の次第の解説」
の中で、

「武士同士の対決は実と実との対決であるが、忍びが戦うときは常に自分は実であり敵は虚である。」

というのに共感を覚えた。


これを自分なりに解釈をすると、


武士も忍びも虚構時間を一瞬に賭けている。


武士は実と虚でありながら、常に実の行動をとる。

忍びは実と虚でありながら、常に実の立場に身を置く。



この違いは、

武士は「武士道」といわれ、精神を律することが前面にだされる。

忍びは「忍びの道(みち)」なので仕事の種類として仕切られる。


武士は日の当たる大通りを歩き

忍びは陰に潜んで進む。


武士の下に忍びはつくが、逆はない。

と。


現実の世に「実と虚」がある。

陰陽で表現してもいいが、ここでは「実と虚」である。


庶民も「実と虚」のなかに身を置いているが、命をかけることが前提でない。
ゆえに命がけで事にあたる武人や神業を敬う。

忍びは人知れず行動するので、敬われることもない。

敬(うやま)われなくとも、羨(うらや)ましいとは思わない。






玄侑宗久という現代の僧侶が月に一度東京新聞にエッセイを寄せている。

この方の文章は、ちょっと違う視点があるので目についたら読むことにしている。


情報というものに追われる生活をしていないので、新聞も溜めてから時間がある時読み返すようになった。

ちょっと前の記事だが玄侑さんの記事があったので読んでみた。

書き出しは、なんかどうでもいい様な感じで始まるが、最後のことばが気になったのでいきさつが知りたかったのでわかるまで読んだ。



2013年3月2日東京新聞/文化面(13面)

玄侑宗久

「うゐの奥山」第12回、「効率と和合



奄美大島へ行かれた時の話しである。

そこでの人の動きが本土とは違うことを観察してあることに気がつかれた。


『よく考えると、これは奈良時代に朝鮮半島から「部(べ)の民」と呼ばれる職能集団が入ってくる以前の、「伴(とも)」という日本古来の仕事形態なのである。 同じ職種の人が集まれば確かに効率は上がるが、競争意識が強くなりすぎて和合の感覚は薄れる。 誰もが入れ替われるこの「伴」の形だと、それぞれの仕事の苦悩も皆が理解し、和合が保たれるのである。』


ホテルの女将が車でお客の送迎したり、按摩の代わりをしたり、料理長がフロントをやったり、支配人がお茶くみしたりというのが「伴」の形態だという。




以前、ビジネスリゾートホテルでも、雇われ支配人が料理したり客室を掃除したりと、これと似たようなことを新しい取り組みとして紹介していたテレビ番組を見た。

昔の日本はどこでも誰でも「伴」の精神で生活をしていたのではなかったのか。

西洋社会でメイドを雇うのが普通の認識なのに対し、日本人は自分でできることは自分でやってしまう。

奴隷制度が存在した社会とそうでない形態の社会の違いである。


武士も忍びも「伴」の形態のなかで生まれたもので安直に身分制度で分けられるものではない。




それよりこの「部(べ)の民」である。

玄侑さんは奈良時代朝鮮半島から来た職能集団と書いてある。

参考:べみん【部民】世界大百科事典 第2版の解説
http://kotobank.jp/word/%E9%83%A8%E6%B0%91


ということは、「部落」という言葉は、ここからは出て来たのではないだろうか。


「部落」が差別的意味合いを感じているのは「部(べ)の民」の当初の立場ゆえではなかろうか。


律令制度の発達した中国では身分差が顕著だった。

インドなど今でもカースト制や非人間扱いのアウトカーストが現在に至るまで残っている。

未来的にはワンワールド世界政府がカースト制ファシズム国家の誕生を目論んでいる。


差別を生みだす元凶は、差別しようとする低い精神性の意識と差別されたと根に持つ精神性の低さからくる。



部民が古代の日本に来て日本の「伴」の形態に入れば、逆にそのような競争意識や差別意識は薄れていくのではないか。

日本で最初に差別を受けたのは縄文日本人のエタ(飛騨族)であったと故山本健造氏は言う。


中国より導入された国家形態に律令制、職業別、身分制度があった。

その後、渡来帰化人と縄文日本人との混血も進み、適度に住み分けもされていたと考えられる。



現代の感情で当時を語ることも、もちかえすことも愚の骨頂である。

現代の社会の状況から判断すれば、カースト制の様に根強く残っている国もあるのに対し、日本に住む人々の感性にもそのような気配が希薄なことから制度の質が日本化されていったと考える。

時代の流動性の中で立場も変わる。


幕末明治維新、西洋化の波とともに新たに持ち上がった「被差別」云々は、その過程を無視した感情で対立をあおり発展を拒む、反人類的な民族分断のためのプロパガンダではなかろうか。






参考:古代(氏姓制度・部民制)
http://www.sol.dti.ne.jp/~hiromi/kansei/e_kodai.html

[ 2013年03月12日 13:09 ] カテゴリ:部民(部落)/伴 | TB(0) | CM(0)

正忍記 その5/一流の次第の解説

〈武道選書〉
忍術伝書 正忍記


藤一水子正武著
中島篤巳解読・解説
新人物往来社 
平成八年八月二十日初版発行





以下、中島篤巳氏による解読・解説。


正忍記一流の次第の解説




ここで正忍記は忍びの生活体験の厳しさや術理について切々と説いている。


「忍術修行は困難の極みにあり努力するしかない。 忍びの仕事となると誰もが死を覚悟して家を出、もし無事に帰ることが出来たら不思議な程である。 忍びという字は刃の下に心という字を置いているように、我が心を殺し、無我の境地で忍ばなければならない。 忍びは不安なものである。

忍術は魔法じみた奇怪な術であると思われがちであるが、そうではなく理論的であり、まやかしではない。 忍びは心を実にして見かけは虚を装おい、またその反対の場合もある。 さらに敵の心の“虚実”も正確にとらえて術を仕掛けるのでうまくゆく。 これだから神業のように思われるのだろう。 忍び上手は時や理に応じて、常に弁舌が巧である」


(中略)


「未知の国のことや見たことがないことでも、あたかもそこに居たかのように話し、会ったこともない人を、さも自分の友であるかのように語る。 金がなくても物を買い、食事もどこかで手に入れ、酒を飲まなくても酔狂する。 芸という芸は一応学び出家山伏、山姥などに変装する。 夜になると忍び出て、宿には泊まらず野宿して、鹿の声に驚いて隠れたり、月の光が明る過ぎればそれを恨めしく思って居心地悪い森の木陰に身を潜める。 このような悲しさや辛さは誰にも話すことも出来ない。

世間で忍びが奇怪に思われるのは、こんな行動にあるのだろう。 忍びの苦労を知らない巷の人が問うなら、そうであると答えておけばよい。 それも忍びの策謀である。 忍びの不実は虚であり、真は実である。

忍びはただ一つ、本懐を遂げるだけが目的である。 道を踏み外したり、疑義に心を眩ましたりして、当流の術理を失ってはならない。 目的を遂げることがすべてであり、迷いを払って術理を守り抜かねばならない」


伊賀流忍術伝書「万川集海」の忍者問答の項では孫子の用間について「間とは間隙のことであり、敵の隙間に入り込んで諜報する」といった内容の説明がなされる。


また「虚実」の概念は忍術の根本原理である「機を見て虚を突く」の「機」を作るための手法である。

すなわち忍術は相手が実を持って仕向けて来た時にはこれを避け、自分の虚(実際には実)をもって相手を虚(隙)にし、その瞬間に自分の実(全力)を相手にぶち当てるという方法である。

忍びの世界観は物事を絶対的とはみずに、すべからく物事は相対的・流動的であるとする。

その流れすなわち「変」を的確に読んで「機」をとらえる。

自己、敵、主従関係、社会情勢など彼らの活動する空間は常に変化する。

利害を読み、力を読む。

虚と実の宇宙は大きく広がる。

忍びにとって、隙、自己の大局的損失など不利益は虚であり、利、力などは実である。

忍びは常に広義の実を選択する。


実すなわち充実した「実動力」の移動があれば、その反対側に「虚の部分」が生じる。

その時は相手が自分よりも絶対に弱くなければならない。

虚を突いても相手が自分よりも強ければ、それは単なる無謀ということを忍びは知っている。

目的のためには焦らない。

武士同士の対決は実と実との対決であるが、忍びが戦うときは常に自分は実であり敵は虚である。

しかし火花を散らして戦うのではなく、密かに仕掛けて最後まで相手に負けを覚らせないのが理想である。


(『正忍記』39~40頁)



『正忍記』
名取三十郎正澄/藤一水正武(ふじのいっすいまさたけ)丈夫著
巻頭言 勝田何救斎養真
延宝九年(一六八一)

解読・解説 中島篤巳
[ 2013年03月11日 12:32 ] カテゴリ:正忍記 | TB(0) | CM(0)

虚構時間 3/日本対台湾戦

最近、インターネットでは国際野球大会(WBC)のことがもちきりだ。

といっても、野球は「巨人の星」以来という、話しにもならない状態なので、試合内容について意見をいう立場ではない。



なんでも3月8日の日本対台湾戦に日本が延長線の上勝利した試合の濃さが話題になっている。

観衆の態度が好評で野球の試合内容以上に盛り上がっているようだ。


参考:WBC日本対台湾戦の素晴らしさ
http://nyliberty.exblog.jp/20128301/

正々堂々とした勝負だけでも気分を高揚させるのに、そこへきて311復興支援の感謝のプラカードとかエール交換とか相乗効果として良いほうに高まった。

スポーツとはこうあるべき好例である。

お互い評価し合い、健闘をたたえ合うのは誠心誠意、力を出し切った時に起きるもので、不正や虚偽や不信があるときにはこのようにならない。





武士が、生死にかかわる一瞬に人生を賭けるように、選手たちは勝負に人生を賭ける。

これまでの鍛錬の仕方、および練習の成果が表れるときであるということに変わりないが、生死をかけないところが違ってきた。

平和な時代の戦争のかわりの競技である。

ので、いつ戦争にとって代わってもおかしくない代理の状況が生み出される。

本当の戦争で命を落とすのと、戦場でなくとも命を落とすのとどのような違いがあるのか。


日々、競争社会においまくられて気分は戦闘モードである。

ということは、武士たちが感じた虚構時間に身をゆだね、一瞬の生死に人生を賭ける生き方をしていることと、なんの変わりがあるのだろう。


今日、直接武器を携え血みどろの戦闘をしなくても、詐欺、詐称、誤魔化し、勧誘、社会不安、環境汚染などいくらでもわが身を脅かすものは多様化し身近に存在し、対人不信におちいり、用心に疲労する。

気にしないのが一番だが、

気にしなくてもよいように、知識の集積、情報の確保、生活の工夫等、防衛のための準備は必要だ。


トマス・ホッブスの「万人による万人の戦い」は、利己的である人間がまわりを全部敵にすることだが、まさにそのような状況を設定されている。

ホッブスは放っておいたら人間は利己的になると想定する。

それでは、利己的にならなければそういうことにならない、というだけでは、ことばを反すだけで実践というものがない。


武士たちはその実践の中に身を置いた。

武士が恐(畏)れられたのはそういうところにあったのかもしれない。




手に汗握る野球観戦で心臓発作を起こし救急車で運ばれたのでは気の毒としか言いようがないが、武士にとって戦わず自滅したことで論外である。


[ 2013年03月09日 23:20 ] カテゴリ:未分類 | TB(0) | CM(0)

気血エネルギー

蓑内宗一氏の本に「気血エネルギー」というコトバが出てくる。

一般に「気」と言われているものを、現代風に表した言い方であるかもしれない。

または、「気」だけでは観念論になりやすいのを理論的に説明されようとしたのかもしれない。



内臓でつくられた血は血管(動脈・静脈)を循環し、一方、気は経絡(けいらく)と呼ばれている循環ルートを流れる。

西洋医学の立場からみると、人体の循環ルートは血液系、リンパ系あり、第三の循環ルートとして経絡系も注目されてきています。

今日では、この経絡系は各内臓に所属すると考えられ、「臓腑経絡系」と呼ばれています。

武道でも、明治以降の流派は別として、それ以前の武道流派の多くは、この「臓腑経絡系」を基礎理論にしているので、正しくは「経絡派武道」のカテゴリーに入れるべきです。

例えば柔術は臓腑経絡系を基礎理論としていますが、講道館柔道は近代の体育理論を基礎としています。

最近では四国の少林寺拳法が「経絡医法」(少林寺拳法での呼称)を基礎理論にしています。

経絡派か非経絡派か、どちらの武道を主題にするかで、思想も鍛練法も違ってくるので、現在では一概に日本武道を論じられません。

私は東洋医学に拠っているので、「経絡派武道」を中心に記述しています。

(『ツボと日本人』蓑内宗一著、27頁)



そして、

第一循環機能(脈管系)

第二循環機能(リンパ系)

第三循環機能、をこの臓腑経絡系(気血エネルギー)


と蓑内氏は名づけた。



バランスは「臓腑経絡系」―つまり第三循環継投で判断するので、「気血のデテルミニスム」ともよばれます。

(一)「経絡」を流れる気血のバランスが崩れた場合が、すなわち病気です。(現代医学でいう病気とやや異なった場合があることは注意してください)

(二)崩れた気血のバランスを調整するのが、ハリ、灸、按摩、指圧などの治療法です。 またほかに煎じ薬を用いる治療法があります。

(三)気血のバランスを強化する自己自身の鍛錬法が呼吸法(禅が代表的)、脈合(みゃくあい)法です。

(四)相手の気血のバランスを崩し制裁するのが武道のわざ(兵法、護身術)です。

(五)制裁をうけ、気血のバランスが崩れたのを回復するのが蘇生法(これは緊急事故者にも適応できる)、整骨、ハリ、灸、按摩、指圧などの活用です。


バランスが崩れた「マイナス体」では、「内勁(ないけい)」が弱っていますから、「外勁(がいけい)」(手足、体の動作のこと)もだめということになります。


(1)内勁―「臓腑経絡系」のエネルギー状態は外勁にあらわれ、
(2)外勁―手足、体の動作がおかしいときは、内勁の状態が注目されなければなりません。

こうした内・外勁の二方面から見なければなりません。

たとえば、「恐怖心」が強い人の場合は、現代医学では、これを疾患としません。

(中略)

ショックに対する驚きが、「臓腑」を損(そこ)ない、循環系に影響し、外勁、つまり手・足・体が満足に活動しにくくなるからです。


(『武道鍛錬法』、蓑内宗一著、森庸年編、28~30頁)







本来武道というものは東洋医学の気の原理を基に確立していったもであった。



西洋の筋力の原理が入ってきてスポーツという体育系にされてしまったのが現代の武道の姿なので実戦からも実用からも遠いものになっているようだ。

精神を養うのであれば、気の原理を取り入れなければならない。


筋力の原理はなにかというと、計算で測るものだ。

計算通りの食事制限、計算通りの体力づくり、決められた年齢制限と重量別で、決められたルールに従い、タイムや数字を競う。


人間の行動則とは関係ない世界である。

スポーツはゲームであり、選手たちは緊張の虚構世界でプレイする。

そして観戦する方も緊張している。

もちろん、この状態を好む人もおられる。

私は、スポーツをあまり好んでみなかったのは、この余計な緊張を自然と避けていたのかもしれない。

そして、ある程度経験すれば単調な繰り返しに飽きてしまったのかもしれない。

弓道を型を覚えたら飽きたのと同じように。

スポ根精神でいえば、根性がないだとか鍛錬が足りないだとか言われそうだが、

私の場合、これに打ち込む理由が見つからなかったといえる。



経絡の流れを考えずにスポーツをしても健康になるわけではないのはこいうことで、

タイムを競うスポーツの「持久力」で、仕事の能率の「持久力」を養うことではなかった。


蓑内氏はスポーツにも「気の原理」をとり入れるべきだといっておられる。

そういわれ始めて久しいが、蓑内氏もまた本の出版に難儀されておられたように、何か抵抗があるようだ。


私は蓑内氏の本を読むまで経絡の東洋医学と武道を分けて考えていた。

またしても、自分の中の鈍感さに気づかされた。



[ 2013年03月08日 09:34 ] カテゴリ:蓑内宗一 | TB(0) | CM(0)

震災のおきみやげ /3 全体意識で「本来の自己」を見ること

現代社会において、対象としてしか見なかったものを、震災で破壊されたガレキを通して全体意識で見ている詩人の話をした。

対象意識は鏡に反射する姿を見、
全体意識は鏡の背後を意識する。

このガレキ文化は、虚構の世界を「対象意識」でしか見ないことかもしれない。




佐々木さんは、この講演会の最後に聴衆に向けて一つ課題を出した。

あくまで記憶で書いているので、本当にそういったのかどうか定かではない。



ある農業青年の手記を読まれた。

この青年は何回か同じ会報誌に連載で自分の農場の生育日誌や観察したことを普通に書いていたそうだ。

何回目かになると突然書く内容が変わったと言う。


彼が昔、インディアンの儀式に参加した体験談を書いていた。

スエットロッジを作ったとか、断食して瞑想したとか……



これは、ちょうど私が読んでいたトム・ブラウンの本の内容と似ていると思った。


青年は確かに苛酷な儀式によって、何か霊性なものを得たと確信した。

そして日々の生活に戻り、

また、儀式に参加し、

そんな生活を繰り返していた。



佐々木さんはここで一つ指摘した。

この青年は、インディアンの苦行に似た儀式をすることで超自然と霊性を感じることが体験できたといっている。
そして、思考から霊性は得られないと思ってしまったようだ。



何が問題なのだろうか。

もちろん、青年が感じた霊性はどのようなものか知らない。



ここで、トム・ブラウンの「ヴィジョン」の内容を思い浮かべた。


私は、シャーマンはいわゆる降霊術をすると思っていたのだが、トム・ブラウンによれば霊が自分に直接降りてくるのでは無いと言っている。

訳のわからない霊が降りてきて霊に支配されてしまうことを、むしろ嫌っている。

また、シャーマンとは自分でなるものではなく、適性で選ばれるようだ。



以下引用。



通常、体はマインドによってコントロールされているが、人生にはそのような制御では対応できないことが起こる。 体が最大限の力を発揮しなければならず、マインドと体の相互作用がすばやく対応できないような緊急時には、この「動物」が呼び出されるのだ。

中略

ある特定の状況においては、論理的な思考より、本来の動物的な勘の方が正しいこともある。 なぜなら、分析をしている余裕などなく、反応(リアクション)し行動(アクション)するしかないからだ。 このような状況下では、マインドは事実上姿を消し、何が起こったのかに関しては漠然とした記憶しか残らない。 そして、人間は動物となり、動物のような行動に出たり、恐ろしい声を上げたりする。 コントロールを失うと凶暴なけものになってしまうことすらある。

中略

グランドファーザーはこの人間の中の「動物」を、私たちの「潜在的な過去」、「本能」、「原始的な第六巻」、または「直感」というものを引き出す突破口、あるいは入り口として使っていたのだった。

中略

自己の内部へと入り込むそのようなコミュニケーションは、やがて、「自己」の領域を超え、ついにすべてのものに生ける精霊の世界とのコミュニケーションを可能にした。 というのも、自然界にもっとも近いところに存在し、論理的な思考を超えた力や真実を理解できるのは、「本来の自己」であるからだ。

(『ヴィジョン』、トム・ブラウン・ジュニア著、徳間書店、114~118頁)




「動物」を越えたところに「本来の自己」があるといっている。

「本来の自己」は「直感」の世界で、「自然の命の力と同じ場所に存在する」(同上、121頁)といっている。



全体意識を訓練して自分をコントロールできるようでないとシャーマンの儀式をしてもシャーマンになれない。

もし、儀式だけを続け本能を目覚めさせることが出来たとしても、それは、自分でコントロールの効かない怪物、例えば「超人ハルク」のようなものになってしまうかもしれない。

「超人ハルク」はヒーローとして描かれているが、これは誤誘導である。



アスペンがハリウッド映画「アベンジャーズ」の分析で「超人ハルク」がメシアであるとしたとき、私はどうしてだろう…と思っていた。

他にかっこいいヒーローはたくさんいるのによりによって、なんでハルクなんだといぶかった。


参考:akazukinのブログ
映画「アベンジャーズ(The Avengers)」が示すイルミナティの腹づもり
2012-06-20

http://ameblo.jp/ootadoragonsato/entry-11282613388.html


しかし、これでよくわかった。

超人ハルクは本能のみ開花させた未熟な人間の姿だったのだ。

イルミナティは巧妙にも、そのようなメシアとしての存在を人間の潜在意識の中に前もって仕込んだのであった。

これから出てくるメシアの一種として。



現代は早く超能力をつけようと儀式を重要視する。

その落とし穴は、安易に力を手に入れたい欲望と認識の未熟さにあると思った。


人間は日々の日常生活の中で能力を高めている。

それは非凡な日常生活を精神的に高めていった、かつての日本人の生活の中に散見できる。

日本人だけでなく人間生活の営みであれば、そのようなものであると思っている。

人間は最初から「本来の自己」である全体意識を修得するように生まれ生きてきたのを、それを見えなくさせているのは唯物論的虚構生活ではないだろうか。
[ 2013年03月06日 22:30 ] カテゴリ:震災のおきみやげ/佐々木和子 | TB(0) | CM(0)

虚構時間(フィクションタイム)-2

武士にとって一生が虚構時間なら、それを生きのびるための行動則をあみだした。

武士の時代とは違った虚構時間のなかに生きている現代人は、行動則を見失い、虚構の中に飲み込まれるだけだろう。

現に生体に合わない虚構システムで疲弊させられている。

それが、病気や怪我となって現われ、事故となって現われる。

精神病を病み、見通しがきかない。

不安と恐怖を常に感じるような世界なんて、そんな人生なんておかしくないか。


以前大事故がおきても、海外の例にくらべ日本人の死傷者の数が歴然と違っているのはどうしてかと考えたことがあった。

いうなればこの行動則が一瞬の危機を救い、不幸を最小に転じてきたようだ。

しかし、最近、死に至るニュースをよく目にするようになった。

個人の不注意はさておき、虚構システムの上に構築された金融寡頭権力経済システムは、近代の工業的発展をけん引してきたかもしれないが、労働問題、公害問題、環境破壊を招き、さらに人類を脅かし続けている。

虚構ゆえにいずれ破たんするがどれくらいの人が巻き込まれるのか。

既に巻き込まれた人もいるのに、正すこともなく直されることもなく温存された。

大手企業の事故のニュースを聞くたび、この虚構で利権にあやかっている人種は一生懸命、会社のメンツや存命を図ろうとするが、自然や人間を犠牲にするという虚構は虚構に変わりない。





虚構システムと反対の例に、式年遷宮をあげておく。

平成25年の今年は、伊勢の式年遷宮の年にあたる。

昔の日本人はこのような自然と一体意識を感じさせる芸術的しきたりを生み出したのだ。



現代に沿った新しい行動則を生み出すために、悪魔的発想を省いた人間の意識が必要なのだ。

[ 2013年03月05日 15:00 ] カテゴリ:蓑内宗一 | TB(0) | CM(0)

虚構時間(フィクションタイム)

私は武術といえば、弓道しかやったことがない。

しかし、武術のイメージは剣道とか柔道とかどちらかといえば闘争のような部類に考えてしまう。

弓道が一番そのイメージから遠かったから、やったのかもしれない。

それも、一通りの型を覚えたらつまらなくなってやめてしまった。


しかし、蓑内宗一氏の「ツボと日本人」とかの書籍を読んでいると、武道の目指す方向が現代の武道の考え方とまったく違うことがわかって興味を増した。

武術の達人になるには、この経絡とツボを熟知していないと効果が無い…とおっしゃている。

そして現代人は、この経絡とツボを考えない動きをしているから不健康な人が多い…とも。

武士が編み出した行動則を日常に活かすべきだという。

もっともなことである。

武道鍛練術
武道錬金術

蓑内宗一著
森庸年編

砂書房
1996年




「虚構時間(フィクションタイム)」の行動が必要となった社会

季節感の喪失をよくいわれます。

たとえば「模糊(もこ)と暮れてゆく春の夕」、とか「青嵐(せいらん)」、「清風」、「白南風(しらはえ)」、「野の錦」、「鐘凍(い)てる」などの優雅な歳時記の言葉も、都会人はもはやピンとこなくなりました。

それよりは、光化学スモッグだとか、ヘドロの海とか、あるいは××川上流では、カドニウム含有量がいくppmになったとか、垂れ流しの工場排水で名物のシジミも全滅に瀕してるとか、廃油で海苔もテングサも採れなくなったとか、のほうが一般的に理解しやすいのかもしれません。


大自然という恩恵のなかで、のびのび生き続けてきた時代の人間には、およそ夢にも思い浮かばなかった、人工的な公害や、環境破壊による脅威の中に喘いでいるのが、二十世紀末の人間のすがたです。

以上のような自然空間の激変に、相呼応して、「体内時計」(体内の時刻)や、社会の「仕事時間」(執務時間、勤務時間)にも、二十四時間・日周期という「自然時間」とは次元の異なった虚構(フィクションタイム)時間が悪魔のごとくに押し寄せてきました。

昼夜二部制ともいうべき生活―まったく昼夜逆転した生活をする人の増加です。 これを続けていると必ず健康を害することうけ合いです。

(中略)

また、ギャンブル人口の増加もあげられます。

日常生活や労働における「持久力(ねばり)」と「休息」の繰り返しとは違って、ギャンブルは緊張の連続です。

そして勝負は一瞬の間に決するのです。

取引株や為替ディーラーなど、一瞬のうちに何億もの金を稼いだり、失ったりします。

これなどは、明らかに虚構時間の行動といえるものです。

(中略)

毎日が虚構時間のまっただなかにいながら現代人は、新しい「行動則」を生み出していないのが現状です。

そのためストレスを受けて、自己を起こしたり、病者となっています。


昔の武士の声を聞いてみましょう。

かれらは一生を一瞬に賭ける虚構時間ととらえ、ここに生きる、みごとな「行動則」を生みだしました。

(中略)

では、われわれ現代人はどうすれば良いのでしょう。 一瞬に賭け機会が日に何度となく、おとづれる生活を強いられているとすれば、むかしの武士以上に心身を鍛錬することが必要なのではないでしょうか。 一瞬に勝つために……。

新しい「行動則」もその鍛錬の果てに見えてくるハズです。

(『武道鍛錬術』198~201頁)




本書は昭和46年(一九七一)年、鶴書房より出版された…蓑内宗一著作出版会の森庸年が、時代にそぐわなくなった部分や、現代の読者には難解になった箇所を補筆し、修正し、装いを新たにして上梓しました(同書、212頁)…と附記にある。

森庸年(もりようねん)氏は1944年生まれ。 蓑内宗一氏に師事し健康を劇的に回復された…とある。



そう今まで、武士の格好ばかり目についてで「行動則」までは考えたことが無かった。


みんなが規律やマニュアルにそって決まった動きをしていたら、あんなに数多くの流派など生まれなかっただろう。

闘いに臨んで勝つためには、相手の知らない技を修得していなければならない。

その技をあみだすために経絡とツボの原理を知っていなければならなかったのだ。



あの時代で「虚構時間」というとらえ方が面白い。

現代の都会生活は、さらに人工的な虚構の中に生きているようなものだ。

ときどき無気力感におそわれるのは、そのせいかもしれない。


「虚構時間」を前提にした新しい生活の仕方を修得しなければならないということか。


[ 2013年03月04日 16:00 ] カテゴリ:蓑内宗一 | TB(0) | CM(0)

震災のおきみやげ/2 現代という鏡

前回、「鏡」について書きたいと書いた。

といっても、ここでの鏡は、「自己意識的全体意識」を意識させる鏡であって、モノとしての鏡でも宗教で取り上げられるような象徴としての鏡でもない。





佐々木和子さんの表現では、

このガレキを見た詩人の照井良平先生は、災害に遭遇してその廃墟となった、さっきまで生活していた跡地をさまよいながら、その状況を「鏡」にして自分を見ておられた。


この場合、ガレキが鏡になった。

何ごとも起こらなければ、ガレキをガレキと見るでしょうが、あの震災の後、
ガレキに自分を投影された。

そして、その周りに目をやり、意識を移した。

ガレキとなったモノの元の姿や、破壊の力や、見えない結び付きを感じられた。

詩人はそのように見えないものをことばを通して詩に託した。

話しは違うが、芸術とはこういう状況下で生まれるものかもしれない。




「鏡」は反射したものを映すように、モノの表面しか見せない。

その裏側は見られないのである。

当たり前の事だが、実際は裏も横もある。




現代社会は、この鏡のような世界である。

科学も物理も、この表面しか見ようとしていない。

科学も物理も自然を証明する一部でしかない。

新たな発見がなされるときは、その表面の背後に関心を持った時である。








もっと、大きく目をやると、月は鏡である。

この月は、自転しないのでいつも同じ面を向けている。

裏は見えないが、裏も存在する。

地球に向けている面は太陽の光で反射して、その光が地球に届いている。

光だけでなく、月に反射して地球に降り注ぐ宇宙線も存在する。


月を見てその周りを意識してみる。
餅つきするウサギを捜さなくてもいいから、月の存在に注意を払う。

月は太陽系の中にあり、地球の衛星である。



かつて、月を中心に陰暦を作った人々がいたが、現代は太陽暦が主流である。

日本も中国から学んだとき、陰暦を使ったが、西洋から学んで太陽暦に替わった。

同じように、暦の数え方は、どこを中心にするかで変わってくる。

別に、太陽や月だけでなく、他の星を起点にすえれば、また別の暦ができる。

ただ、現代はなんといっても太陽が中心の時代である。

月は太陽が無くなれば、到達する光もなくなり反射することもしない。

太陽あっての月なので、その逆はない。

月はなくとも太陽は自分で光っているのである。



日本人が陰暦から太陽暦に乗り換えるすばやさは、単に新しい進歩した習慣というだけでなく、そのモノの本質を、時代の到来に沿うものとして感じたからかもしれない。







「自己意識的全体意識」は直感にも似ている。

鏡に囲まれた部屋で自分を映し出すだけで、その背後や関係を見ないでいるのが現代社会のようだ。

意識を自分に向けたら自己主義になる。

意識は外へ向けるものである。



[ 2013年03月02日 22:33 ] カテゴリ:震災のおきみやげ/佐々木和子 | TB(0) | CM(0)

震災のおきみやげ/佐々木和子さん


震災のおきみやげ


311の震災は死に対して厳粛にさせられました。

命について語ればどうしても死が浮き上がります。

死を意識するのが現代だと思います。




そんな語りで始められた佐々木和子さんの講演会が2月16日開催された。

佐々木和子さんは、2011年7月「放射能とは何か」を書かれ出版しakazukinのブログで昨年一月に紹介した

紹介したといっても、自分が感じたことを書いているので本人の意図するものとずれているかもしれないし、引用したものは直接本をあたって確かめてもらいたい。


自分で感じたまま、それでいいと思っている。

佐々木さんが言うには、この本は、福島の事件があったあとに急いで出版したので訂正したいことがいろいろあって、何か言われることを覚悟していたが、思っていたほど反響が無いので少々拍子抜けしたそうだ。

この本にあるような内容を思いめぐらす人はいるのかいないのか…

私は、何でも物事の本質というものはなんだろうと思う。

放射能についてそのような見方をする文献は一般書にはほとんどないのだろう。

放射能とは何か



私も、この生死の問題は昨年来とくに強く意識するようになった。

佐々木和子さんの言葉を借りながら講演会で語られたことを自分なりに紹介したい。





この世に誕生して、生きて、死んでいくわけですが、この誕生から死までの時間空間のみ見ていて、この先を見通せないでいるのが現代だといいます。

物質文明というのは物質の壁に囲まれた状態でその先の周りが見えないといえるでしょう。



ガレキのことば


「ガレキのことばで語れ」

ここに、照井良平先生が自費出版された詩集の本があります。

陸前高田市に住まわれていて、震災被害にあったわけです。


そこで彼が見たものはガレキの山となった故郷だったわけです。

まさしくガレキ文化の山です。


そこで何が起きたかというと、

自分たちが築き上げた文化がガレキの山になってしまったのを鏡にして自分を見ているわけです。

本来の姿も、役にも立たなくなって機能しなくなったガレキ文化です。

ガレキ文化で死んでいるものに取り囲まれて私を意識するわけです。


これを専門的に言うと「自己意識的対象意識」とでもいうのでしょうか、

外から眺めている自分がいるわけです。

別に体外離脱したわけではありません。

そのような現実を目の当たりにして、ガレキ文化は唯物論であると悟るわけです。


生命を物理や科学で証明しようとします。

物理や科学ではどうしても推論にならざるをえませんが、それでも仮説を立てるわけです。

感情を入れずにまわりに関心を払います。

それは、私でありながら私から出て行くことで、しかも、明晰な思考を通して想像することです。

そうして、見えてくるのは物と物をつなぐ力であり、見えないけれど何かが活動しているという、その質を見きわめるのです。


そうすると「自己意識的全体意識」で見るようになります。


ガレキに映し出した自分とは、

ガレキを通してまわりの活動を感じる自分は「自己意識的全体意識」になると言います。






意識の流れ。


①「生死の問題」


②死んだモノに取り囲まれて「私を意識する」


③明晰な思考でもって「私でありながら私から出て行く」


④「自己意識的全体意識」で詩がうまれる。




私は、縄文日本人の「一体意識」、アメリカ・インディアンの「ワンネス」、道[タオ]の「いま=中庸」みたいなことを思い浮かべた。

生きていることは周りを意識するし、配慮する。


佐々木さんはここで、

被災された方々はガレキや、その状況を「鏡」にして自分を見ておられた…というような表現を使っていた。

「鏡」にはそのような意味も含まれていたのか。

「鏡」については次回書きたいと思っている。


[ 2013年03月01日 06:48 ] カテゴリ:未分類 | TB(0) | CM(0)
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