ビー太郎サバイバル日記

武士同士の対決は実と実との対決であるが、忍びが戦うときは常に自分は実であり敵は虚である。「正忍記」その5
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二つのファンタジー

週末はアニメを見ていた。

マンガ世代なのでアニメは嫌いじゃない。

一時期、漫画が面白くなくなって遠のいたこともあった。

たまたま、インターネットで無料視聴できるアニメ番組があって、最近の傾向をみようとのぞいてみた。

今回観たのは「精霊の守り人」。

2007年にNHK-BSで放映されたようだが、私は遅ればせながら今回初めて知った。

見はじめて、すぐ話に引き込まれた。

今までの傾向とは違うものを感じたからだ。

どうしてこのような作品が作られたのか、ちょっと知りたくなった。

捏造され、偽善のファンタジーは卑屈な精神をつくるが、強い精神の糧となるファンタジーはこうあるべきだと思ったからである。


精霊1精霊2

[左]偕成社(1996)、[右]新潮文庫(2007)

精霊の守り人
上橋菜穂子著




著者の上橋菜穂子(うえはしなほこ)さんは大学の助教授でオーストラリアの原住民アボリジニの研究をされているとある。


もともとは、児童文学で1996年に偕成社から出版されたものらしい。

平成19(2007)年に新潮文庫から大人向け表記にかえたものが出版された。

巻末に作家の恩田陸(おんだりく)氏、と翻訳家の神宮輝夫(じんぐうてるお)氏の解説が寄せられている。

私は、子どもの時から小説が苦手で、大人のいまでも読まないので失礼だが両人とも知らない。

お二人の解説から引用させていただく。


今も悩み苦しみつつ死ぬまで自分の地図を作り続ける大人たち、地図作りのつらさを知っている大人たちが面白く読める異世界ファンタジーは、冷徹(れいてつ)なまなざしを持ち、鋭く人間を観察できる力を持った真の大人―それでもなお、本当の夢見る力を持ちつづけている大人が書いたものに限る、ということである。

(中略)

永らく日本の作家や漫画家が、英米の異世界ファンタジーにあこがれ、西欧的世界を舞台にしたいと必死に勉強してゴシックロマンやヒロイックファンタジーを描こうとしてきたのに、彼らは自分たちのルーツや神話、宗教的背景といういわば地の利を放棄しているようにすら見えた。

しかし、『精霊の守り人』を読んで、それは私の考え違いだと気付く。

そういう二流、亜流の異世界ファンタジーは、世界を構築すらしていなかったのである。


(中略)

…作者は「私たちの世界」を描こうとしているし、この作品が「私たちのための」物語であると確信したのだ。

その核心は、読み進むにつれていよいよ強くなる。

新ヨゴ皇国の建国の歴史。 星読(ほしよみ)が伝える神話。 それは、勝者の残す歴史の常で、巧妙に影の部分が隠蔽されている。 本来学者であったはずの星読が、国を束ね、存続させていく過程で徐々に政治に口出しし、権力闘争に巻き込まれていくところなど、「私たちの世界」そのものではないか。


(『精霊の守り人』解説、恩田陸、新潮文庫、350~353頁)



アニメは、原作に忠実につくられたようである。

私もアニメを見てこの解説者にあるような感想を持った。

このファンタジーの中で「新ヨゴ皇国の建国の歴史」は、ミカドの権力支配を確固たるものとするための創られた歴史(ファンタジー)として登場する。





明治、大正、昭和戦前期と、日本の子ども文学は「童話」の時代でした。 第二次世界大戦後、童話は、本来の童話とリアリズムの小説と、ファンタジーに分化して発展してきました。その中で日本の子どもの文学では新しい分野であるファンタジーは、イギリスをはじめとして、ギリシャ神話、ケルト系の神話、聖書などを源泉とするヨーロッパのファンタジーに学んで生まれました。 

(中略)

そして、時が満ちるように40年ほどの時間をかけて…上橋菜穂子さんの「守り人」シリーズが生まれました。 鉄器を使う効率のよい農耕文化と自然のおきてにしたがって生きたプリミティブな文化との比較や、さまざまな文化の存在の認識を基礎とするファンタジーは、日本独自であると同時に国際的なテーマにつながると思います。

日本にも本格的なファンタジーと物語の時代が来たのではないでしょうか。


(『精霊の守り人』解説、神宮輝夫、新潮文庫、359~360頁)




日本人の感性を描けば、それはそのままファンタジーになる。

近代西洋文明が原住民の伝承に支配者側の歴史を押しつけたという痕跡は、その神話と呼ばれるものに似たような話や逸話があることから摺りこまれたものではないかと想像する。


ファンタジーにも二面性がある。

韓国の歴史がファンタジーであると、前回、指摘された面。

「一方、韓国にはもともと独自の歴史と呼べるようなものがないから、空想的・幻想的にならざるをえません。 それで、自分たちはすばらしい民族である、すばらしい国であるという幻想ドラマ、つまり“ファンタジー時代劇”をつくって国民をあげて喜んでいる。 人のいい日本人も、それにのせられて感心しているのです。」
(『歴史通』2012年、1月号、№16、宮脇淳子記、36頁)



そして、

本来、ファンタジーというものは、子どもが大人に成長するうえで欠かせない「強い精神の糧」でなくてはならない、と考えている。

いじめや困難をのりこえ、どのように問題を解決してゆくのか、自分の中の真の英雄に目覚めていく過程である。

真の英雄は自分の中にいる。

アニメを全編みた限りではこの『精霊の守り人』は充分その価値に値する作品であると感じた。



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[ 2013年07月02日 01:20 ] カテゴリ:未分類 | TB(0) | CM(0)
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