ビー太郎サバイバル日記

武士同士の対決は実と実との対決であるが、忍びが戦うときは常に自分は実であり敵は虚である。「正忍記」その5
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「精霊の守り人」の世界観(2)

この物語の骨組みとなったものは、著者の上橋さんの経歴にもあるように、アボリジニの研究であろう。

アボリジニならびに日本人としての感性を中心に据えていると感じる。


地球原住民の世界観は、

宇宙自然界の生命力が、あらゆる命の根源であり、可視の現実世界は目に見えない世界であっても渾然一体となって存在している。

ということが、共通しているようだから。


ところが、物語では

原住民ヤクーは、新しい生活とともに伝承を忘れつつある。

この国で権力を握る外来者は、別の神を信じるゆえに、星を頼りに地上の自然界の営みのことには目もくれない。


自然界は約束通りに循環しているので、百年に一度、水の精霊が卵を産んで世代交代するという時期が訪れたのを、そして守り人に宿された卵がどうなるのかを誰もが忘れていた。


この三つの世界観が入り乱れて話は進む。


アニメを見ても、小説を読んでも感じたことは、登場人物たちがみんな生きるために命がけで闘っていることだった。


立場はそれぞれ違う。

追うものと追われるものと、

卵を宿された皇子は、無事に孵化するまで守り人となる。

それを守ることになった女用心棒と、

それらを暗殺せんがために放たれた刺客たち。

刺客たちはミカドの命で動くが、ミカドのためなら命がけである。

何でこんなことをしなくちゃいけないのか、自分の与えられた運命に愚痴をこぼさない。

サムライもこのような精神を持っていたのであろう。

皇子は11歳なので、少しは取り乱すも、自分が生き延びるための持つべき心構えを修得する。


最後に、卵の意味がわかり、両者が争う必要がなくなってからは、お互い協力して卵を狙う異世界の化け物を退治する。

とにかく、この卵を無事、海まで運ばなければ今年の夏は干ばつになってしまい、国民の被害が計り知れない。




最終的には個人の利を越えたところに、だれもが恩恵をこうむることが出来るのであった。


当然ながら、何が起きていたのかは一般の人々には知られることがないのである。




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[ 2013年07月09日 16:00 ] カテゴリ:未分類 | TB(0) | CM(0)
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