ビー太郎サバイバル日記

武士同士の対決は実と実との対決であるが、忍びが戦うときは常に自分は実であり敵は虚である。「正忍記」その5
ビー太郎サバイバル日記 TOP  >  忍者少年の仙人入門 >  忍者少年の仙人入門(2)

忍者少年の仙人入門(2)

資料として「ツボと日本人」のまえがきを載せているが、
これを書かれた蓑内宗一氏は甲賀五十三家の筆頭格望月家の出自という。

忍者少年の師匠も甲賀流という。

武術伝書には口伝が多く忍者ともなると文書が残っていないのでは無いかと勝手に思っていたが、このような書籍からでもうかがい知れることがあるかもしれない。


「仙人入門」
程聖龍著

から引用する。



こうした「教えない」教え方は、伝統武術の世界に入れば必ず出くわすものであり、今なら「古臭い」のひと言で簡単に切り捨てられてしまう方法である。

確かに組手の前に十分に型の練習をさせ、理論もすべて説き明かしてやる現代的な訓練法から見れば、こうした教え方は意地が悪いだけでなく、無意味で非合理な教え方に見える。 しかし長年修行を続けた経験から自信を持って言えるが、一見不親切なこの教授法はじつは一番親切で「早い」道なのである。


忍術にしろ武術にしろ、本来、戦場で使われた「生き延びるための術」である。

生死の際で相手と対したとき、その場ですべてを把握しなければ生き延びることはできない。 相手が初めて見る技を使ったからといって「ちょっと待った」ととめるわけにはいかないのだ。 相手が動くなか、その場で、即座に対応できなければ先はない。 そのためには「見て、その場で動く」訓練が不可欠になる。 手取り足取り教えられていたのでは、生き延びるためにもっとも必要な「その場で把握する」訓練がまったくできなくなってしまうからである。 それゆえ一見ひどく不親切に見えるこのやり方は、本来の武術、つまり「生き延びるための訓練」には絶対に必要なものだと言える。

(中略)

もっとも重要なもの――すなわち見ること、そして動かすことである。
頭脳を介さずに、知識で遅滞せず、身体そのものが考え、動くこと。 なにより重要なのはそこだ。

(『仙人入門』、67~68頁)




このような忍者少年時代の古武術修行の培った修行方法の姿勢そのまま、その後の人生も心の惹きつける方向へひたすら進む。

自然と忍術から中国武術へ興味を持った。

そのなかでも「動かない訓練」の内家拳に惹きつけられた。

理屈で無しにとにかく自分の感覚に素直に行動する。

忍術のルーツが中国拳法にあり、内家拳の源流が仙術にあるのだからそれも自然のことだったのか。

私は「内家拳」という言葉を初めて聞いたが、日本で知られている「太極拳」がそれにあたるようだ。
さらに細かく区別されるがここでは省略する。




内家拳の修行にはいかにも中国的な独特の思考法が存在していた。

〈悪い部分を捜す〉という考え方がそれだ。 内家拳の修行では良い部分は重要視されず、駄目なものや間違っている部分を探し出して、それをつぶす作業を繰り返していく。 そうして「悪いもの」が全部わかれば、後には「良いもの」しか残らない。 つまり間違いをすべて把握すれば、後は正解しか残らないというわけである。

これは常に良いものを探し、向上を目指そうとする日本人には思いもよらない発想法だった。

良いものを「良い」と認識できるのはなぜか?

それは、どこかに悪いものがあるからである。 いくら良いものであっても、単独でぽつんと存在しているのなら、良いも悪いもない。 ただそこにあるだけである。 「良い」は「悪い」があって初めて認識が可能になる。 

(中略)

そして「良い」の度合いが大きくなればなるほど、「悪い」の度合いもそれに応じて大きくなる。 まさに陰陽の世界である。 陽が大きくなるということは、その背後にそれに見合うだけの陰が存在することを意味している。

(中略)


だから内家拳はまず徹底的に「弱くなること」を目指す。 一切の力を使わず、動かないことを求め続ける。 内家拳が目指すのは生まれて初めて立った赤ん坊の無力さである。 それは絶対の弱さを手に入れることで、絶対の強さへ至ろうとする道である理由はここにある。

(『仙人入門』、87~89頁)



内家拳の美しい立姿を求め忍者少年は中国の大地へと旅立つのであった。

修行のため滞在した内家拳の老師に仙人の住むという深山を紹介される前に、あちこち町をまわっている様子も書かれている。

術のみでなくそれを生み出した風土、風景も堪能している。

いつどこへ行ったか詳しく書いていないが、どこへ行っても注意深く観察しそのままを受け入れている。

自然の中でたたずむ様子はなんの否定的解釈もしようがない。

人工的近代文明の対象物を意識したとき批判という行為がされるものである。




そんな、まだ風土の気配が色濃く残っている時代であり地域であったのだろう。

ある日あるとき、ある町を通りかかった。




……三々五々階段に立つその人達が、どういうわけか皆、同じ方向を向いている。 同じ方向、同じ目線、同じ表情―大人も子供も身じろぎひとつしないで、じっと何かを見つめているのだった。

階段の中央には人が通れるくらいの幅が空いていたので、私はそこを登りはじめたのだが、じっと立っている人々が無性に怖い。 階段の両側に立つ人々が皆憑(つ)かれたような表情でじっと一点を見つめているのだ。 何が見えるのだろうかと振り返ってみたが、何度確かめても私の目には何も見えない。

上から下りてくる老人がいた。 声をかけて、階段に立っている人達は何をしているのかと尋ねたところ、思いもかけない答えが返ってきた。

「ここは鬼の住む町なんだよ」

話しの脈絡がわからずキョトンとする私を尻目に、彼は淡々と続けた。

「この人達は、皆、鬼の子孫なんだ」

からかっているわけではないらしく、真顔でそれだけを告げると、またひょこひょこと階段を下りはじめた。 「鬼の町」がどういう意味なのか「鬼の子孫」にどんないわれがあるのかも、いっさい説明はなしだ。

(『仙人入門』、111~112頁)




この「鬼の町」の話しは、この本の中でその後もなんの脈絡ないままここでおわる。

仙人がいるくらいだから鬼がいてもなんの不思議はない……と思わせるような出来事を挿入したのか。

そんな筋書きの策略で書いているようには思えないが。

鬼と仙人の組合せは面白いと思った。

この時期にはどれくらい言葉が上達したのだろうか、犬と意志疎通ができるくらいだから探索しない。



また、著者がある風景を見た時、何の脈絡もないまま「この風景を知っている」(同書、113頁)と確信された。


なんの脈絡ないけれど……このような感じ……と、著者は自分の感性を最大限に生かし、生きているのかもしれない。


今日も、仙人のところには行き着けなかった。

仙人とはどのような存在なのかワクワクする。

関連記事
スポンサーサイト
[ 2013年01月25日 19:48 ] カテゴリ:忍者少年の仙人入門 | TB(0) | CM(0)
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
この記事のトラックバックURL

プロフィール

beetaro

Author:beetaro
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新トラックバック
検索フォーム
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR