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武士同士の対決は実と実との対決であるが、忍びが戦うときは常に自分は実であり敵は虚である。「正忍記」その5
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戦争が守るのは高利貸し業者(2)/ジューリ・リナ

ヘンリー・メイコウのニューズレターから
http://henrymakow.com/2013/05/all-wars-are-fought-for-usury.html


All Wars Defend Usury
戦争が守るのは高利貸し業者(2)
May 1, 2013


戦争が守るのは高利貸し業者のつづき

SPREAD OF CENTRAL BANKS:中央銀行の蔓延

オランダ(Netherlands)において、秘密結社は1609年という早い時期に中央銀行を設立することができました。 世界で最も重要な中央銀行のおよそ40行は、イングランド銀行の方針と同様に構築されました。 そうやって、フリーメーソンの銀行家は、ダミーとしての政治家と無知な賃金奴隷としての一般大衆ら、中央銀行を仲介役として貸付利子の手法を世界に持ち込み、長期にわたって進展しながら権力を行使して支配しました。

フリーメーソンの制御下にある銀行は、人に気づかれることなく行動することで政界をこのように支配することができます。 イギリス人は、三世紀もの間、税金を払い続けることで、これらの見えないフリーメーソンの力を強化させました。 中央銀行は、経済の安定に保つと思われました。 実際、それは全く異なる働きです。


フランクリン

ベンジャミン・フランクリン(Benjamin Franklin:1706~1790)は、1750年代の北アメリカ内における英国の植民地について次のように書きました。 「ここより幸せでより満足した人々は地球上どこにもない。」  彼は、これが「植民地の仮証券(colonial scrip)」と呼ばれる、「植民地内で、自分の通貨を造幣」していることに起因するとし、さらに、「我々が通貨を発行することによって、我々はその購買力を制御し、誰にも利息を支払わなくてもよい」、と説明しました。 


ニュー・イングランドという英国の植民地には、本国イングランドの貧困と惨めさにあえいでいる惨状と鋭く対照をなしている富と財がありました。 実際、無利息のありあまるお金がありました。


イングランドのフリーメーソンの銀行家たちは、英国議会でフランクリンの講演を聞いてから、議会が既存の金融システムの使用を植民地(the colonies:英国が米国に最初に建設)に禁止した、事実を確認しました。 マネーサプライは半分に減らされ、植民地はイングランド銀行からのお金を借りることを強制されました。 結果は、急こう配の利率の引き上げによる価格上昇でした。 1年以内に、道という道には失業者であふれかえりました。

アメリカの教科書では、独立戦争の勃発となった原因は、お茶税とありました。 ところが、フランクリンによると、お茶と他の問題に関して「植民地は、わずか(2パーセントの)お茶税を快く負担していたのに、イングランド銀行からお金を持ちこんだことが問題で、失業と不満を生んだのだ」、という。  英国議会による英国の銀行の影響の結果は、アメリカにおける最もひどい貧困でした。 この状況がつくられたならば、戦争に人々を引きずり込むことは簡単で、フリーメーソンが満足するところでした。 彼らは、来たるべき未来の世界的な変動に対処できる安全な基地を所望しました。

1787年の憲法を作成した政治家たちは、国際的銀行家の金融枯渇に対抗する保護をせきたてました。 したがって、憲法第1編第8項には、こうあります。 「国会(米国)は…貨幣(コイン)を鋳造し、その価値を管理する…権限を有する」


アレクサンダー・ハミルトン(Alexander Hamilton:フリーメーソン、ジョージ・ワシントン内閣の初代財務長官、更には国際的金融業者のエージェント)は、私有連邦銀行の設立と利息の導入を命じました。 彼の議論は単純でした、「国債が僅かであるなら、国にとって恩恵である」という考えは、独自通貨を発行する政府にとって危険である、と。
Alexander Hamilton


このように、アメリカ合衆国は1791年に最初の中央銀行が建ちました。 それは民有でありましたが、わずか20年間の営業申請という契約をしました。 期限を迎えたとき、それは更新されませんでした。  アンドリュー・ジャクソン(Andrew Jackson:第7代アメリカ大統領)が言及したことは、憲法が議会に十分な量の通貨を発行する権利を与えたが、この権利を他へ移さない、という事実でした。
Andrew Jackson





WAR OF 1812:米英戦争(またはインディアン戦争)

1812


フリーメーソンであるネイサン・ロスチャイルド(1777-1836)は、イングランド銀行を通じてナポレオン時代の戦争資金を部分的に融資した人で、その後、次のような最後通告を出しました。 契約の更新か戦争か。 ジャクソンはフリーメーソンの銀行家一団を泥棒と呼んで、彼らを皆殺しにすると約束しました。 ロスチャイルドは、「横柄なアメリカ人を教育しろ。 植民地の地位に押し戻してやれ。」と、直に命令をくだしました。

英国政府はアメリカの海洋貿易を制限し始めて、カナダ国内へのアメリカの拡大を防止しました。 ジェームス・マディスン第4代米国大統領(James Madison在位:1809-1817)は、国会にイングランドとの戦争を布告させました。 ロスチャイルドの意向は、アメリカ人が財政援助を求めることを余儀なくさせるように、植民地を荒廃させることでした。 しかしながら、グレート・ブリテンは植民地を奪還できず、失うことになり、アメリカ合衆国はカナダを占領することができませんでした。

ロスチャイルドは、今回は、勝利を収められませんでした。 更新された中央銀行の契約は、彼がテネシー州のグランドマスターであったという事実にもかかわらず、アンドリュー・ジャクソン大統領の在任期間中(1829-1837)の1836年に、再び停止されました。 中央銀行は、一時的に廃止させられました。

ヨーロッパの銀行家やアメリカのエージェントさえ、アメリカの金融システムに手広く管理を行使することでなんとか動かしていました。  歴史家、グスターヴァス・マイヤーズが、その著書「History of the Great American Fortunes (大いなるアメリカの運命:1910))で認めています。 「ロスチャイルド家が、表面下からアメリカの財政法に命令を出すことで、直接的な影響がありました。 彼らがアメリカ合衆国の古い銀行を管理していた人物であったことを、法律の記録は示します」。

Gustavus MyersHistory
Gustavus Myers (1872–1942)



アメリカの歴史書には、第一および第二のアメリカの独立戦争(つまり1775-83と1812-14)における、銀行の役割について何も記述がありません。

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See also "Our Chains are Forged by Usury"




歴史家、キャロル・キグリー(Carroll Quigley :1910 – 1977:CFRメンバー、ビル・クリントンの指導者) による、彼の1975年の著書「Tragedy And Hope(悲劇と希望)」における中央銀行設立についての記述。


「金融資本主義による力は広遠な計画だった。 そして、総括して各国の政治制度と世界経済を支配することが個人の手でなされたことで、少なくとも財務統制の世界システムを作成した。 頻繁な集会と評議会でかわされる密約によって、このシステムは、世界の中央銀行と協力して行うことで、封建制度の形態で管理されることになっていた。 システムの頂点はバーゼル(スイス)の国際決済銀行(Bank For International Settlements)があたり、個人銀行は、民間会社である世界中央銀行によって所有され、支配された。  各中央銀行 ... 実業界に引き続き経済による報酬を与えることで政治家の協力を得、国家においてはある程度の経済活動に影響を及ぼし、外国為替を操作し、財務省の借金を制御管理することで、その政府を支配しようとした。」


Tragedy And Hope表紙Tragedy And Hopeウラ


【翻訳:タドン】



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[ 2013年08月09日 18:25 ] カテゴリ:ヘンリー・メイコウ | TB(0) | CM(0)
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