ビー太郎サバイバル日記

武士同士の対決は実と実との対決であるが、忍びが戦うときは常に自分は実であり敵は虚である。「正忍記」その5
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『先祖になる』

東京新聞より記事を抜粋。
このような記事を心待ちしてたんだ。


東京新聞2月14日(木)
朝刊26面(社会覧)

春よ 東日本大震災2年


家再建「先祖のように

陸前高田の78歳 木切り出し
誰かが暮らせば…町に



息子を奪われ、家を失っても、住み慣れた地にとどまる。

岩手県陸前高田市の農林業佐藤直志さん(七八)は東日本大震災で被災した後、自ら木材を切り出して家を再建した。

誰かが暮らさないと復興は始まらない。

「ここに初めて住み着いた先祖のように、俺も住み続ける」と決意する。

(相坂穣)




海から1・5キロの陸前高田市気仙町今泉。

五百五十戸のほぼ全戸が流された集落から、のっぺらぼうになった街並みが見える。

「あそこに電柱が一本立ったべえ。 あっちは消火栓の工事中。 ちょっとずつだけど、復興は進んでる」

白い棟木が映える新築の家から佐藤さんが指をさす。

日々のわずかな動きに実感する。

「この街はまだ生きている」

二年近く前のあの日、消防団の副団長だった長男昇一さん=当時(四七)=は住民の避難誘導に向かっていた。

佐藤さんは避難した高台から、高さ二〇メートルの津波に集落がのまれるのを見て、「ああ、だめだ」と息子の死を悟った。

次男茂さん(四五)の妻の陣痛が始まり、孫娘が生れたのは十二日朝。

家族の希望を託し、希美(のぞみ)と名付けた。

一週間後に昇一さんと遺体で再会するが、

「息子の生まれ変わりのように新しい命が出てきた。 もう泣かねえ」

と誓い、決意した。

「何人戻ってくるか、ここで見届ける」

津波の塩害で枯れた杉林に入り、八十本の木を切り出した。

「こいつは大黒柱。 これは梁に使う」。

十代から身に付けた林業者としての目利き。

その間も避難所に映らず、水につかった自宅の二階でランプをともし、がれきを薪にして自炊した。

家族の反対には「あと何年生きられっかわからねえ、がんこじじいの最後のわがままだ」と説き伏せた。

昨年八月、地元の大工の手で再建。

市職員と話し合い、民家を建てられない災害危険区域から外してもらった。

消防団活動や地元の祭り「けんか七夕」のまとめ役で、「親分」と慕われる佐藤さん。

その姿を見て、同じように再建を目指す住民から「木を切ってけろ」と頼まれるようになった。

「先祖もこんな感じで何人かが群れになり、やがて町になってきたんだ」

今年は内陸の休耕田で仲間と酒米を作り、冬に地酒を造るのが目標。

佐藤さんの活動は「蟻の兵隊」などの映画で知られる池谷薫監督(五四)が追い続け、ドキュメンタリー「先祖になる」を制作。

今月のベルリン国際映画祭に招待された。

陸前高田市は人口の一割近くが津波に命を奪われ、市職員も二割以上が犠牲になった。

復興計画は思うように進まないが、それでも信じている。

「すぐに元通りにはなんねえが、できることからやっぺえ」。

この街はまだ生きている。



一万五千人が犠牲となった東日本大震災から間もなく二年。

被災地はまた、凍てつく冬にさらされている。

それでも季節は巡る。

春よ。

傷が癒え、街が生まれ変わる時よ。

長く曲がりくねった再生への道。

悩み、時に立ち止りつつ、歩み続ける人々の思いを伝えていく。


最後の詩は記者さんの創作ですか?


先祖になる2
『先祖になる』
http://www.rikkyo.ac.jp/news/2013/01/12113/ [立教ニュース]
http://senzoninaru.com/[公式サイト]

※2013年2月16日(土)より渋谷シアター・イメージフォーラムにてロードショー!
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[ 2013年02月14日 19:50 ] カテゴリ:ビー太郎日記 | TB(0) | CM(0)
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