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武士同士の対決は実と実との対決であるが、忍びが戦うときは常に自分は実であり敵は虚である。「正忍記」その5
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虚構時間(フィクションタイム)-2

武士にとって一生が虚構時間なら、それを生きのびるための行動則をあみだした。

武士の時代とは違った虚構時間のなかに生きている現代人は、行動則を見失い、虚構の中に飲み込まれるだけだろう。

現に生体に合わない虚構システムで疲弊させられている。

それが、病気や怪我となって現われ、事故となって現われる。

精神病を病み、見通しがきかない。

不安と恐怖を常に感じるような世界なんて、そんな人生なんておかしくないか。


以前大事故がおきても、海外の例にくらべ日本人の死傷者の数が歴然と違っているのはどうしてかと考えたことがあった。

いうなればこの行動則が一瞬の危機を救い、不幸を最小に転じてきたようだ。

しかし、最近、死に至るニュースをよく目にするようになった。

個人の不注意はさておき、虚構システムの上に構築された金融寡頭権力経済システムは、近代の工業的発展をけん引してきたかもしれないが、労働問題、公害問題、環境破壊を招き、さらに人類を脅かし続けている。

虚構ゆえにいずれ破たんするがどれくらいの人が巻き込まれるのか。

既に巻き込まれた人もいるのに、正すこともなく直されることもなく温存された。

大手企業の事故のニュースを聞くたび、この虚構で利権にあやかっている人種は一生懸命、会社のメンツや存命を図ろうとするが、自然や人間を犠牲にするという虚構は虚構に変わりない。





虚構システムと反対の例に、式年遷宮をあげておく。

平成25年の今年は、伊勢の式年遷宮の年にあたる。

昔の日本人はこのような自然と一体意識を感じさせる芸術的しきたりを生み出したのだ。



現代に沿った新しい行動則を生み出すために、悪魔的発想を省いた人間の意識が必要なのだ。

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[ 2013年03月05日 15:00 ] カテゴリ:蓑内宗一 | TB(0) | CM(0)
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