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武士同士の対決は実と実との対決であるが、忍びが戦うときは常に自分は実であり敵は虚である。「正忍記」その5
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気血エネルギー

蓑内宗一氏の本に「気血エネルギー」というコトバが出てくる。

一般に「気」と言われているものを、現代風に表した言い方であるかもしれない。

または、「気」だけでは観念論になりやすいのを理論的に説明されようとしたのかもしれない。



内臓でつくられた血は血管(動脈・静脈)を循環し、一方、気は経絡(けいらく)と呼ばれている循環ルートを流れる。

西洋医学の立場からみると、人体の循環ルートは血液系、リンパ系あり、第三の循環ルートとして経絡系も注目されてきています。

今日では、この経絡系は各内臓に所属すると考えられ、「臓腑経絡系」と呼ばれています。

武道でも、明治以降の流派は別として、それ以前の武道流派の多くは、この「臓腑経絡系」を基礎理論にしているので、正しくは「経絡派武道」のカテゴリーに入れるべきです。

例えば柔術は臓腑経絡系を基礎理論としていますが、講道館柔道は近代の体育理論を基礎としています。

最近では四国の少林寺拳法が「経絡医法」(少林寺拳法での呼称)を基礎理論にしています。

経絡派か非経絡派か、どちらの武道を主題にするかで、思想も鍛練法も違ってくるので、現在では一概に日本武道を論じられません。

私は東洋医学に拠っているので、「経絡派武道」を中心に記述しています。

(『ツボと日本人』蓑内宗一著、27頁)



そして、

第一循環機能(脈管系)

第二循環機能(リンパ系)

第三循環機能、をこの臓腑経絡系(気血エネルギー)


と蓑内氏は名づけた。



バランスは「臓腑経絡系」―つまり第三循環継投で判断するので、「気血のデテルミニスム」ともよばれます。

(一)「経絡」を流れる気血のバランスが崩れた場合が、すなわち病気です。(現代医学でいう病気とやや異なった場合があることは注意してください)

(二)崩れた気血のバランスを調整するのが、ハリ、灸、按摩、指圧などの治療法です。 またほかに煎じ薬を用いる治療法があります。

(三)気血のバランスを強化する自己自身の鍛錬法が呼吸法(禅が代表的)、脈合(みゃくあい)法です。

(四)相手の気血のバランスを崩し制裁するのが武道のわざ(兵法、護身術)です。

(五)制裁をうけ、気血のバランスが崩れたのを回復するのが蘇生法(これは緊急事故者にも適応できる)、整骨、ハリ、灸、按摩、指圧などの活用です。


バランスが崩れた「マイナス体」では、「内勁(ないけい)」が弱っていますから、「外勁(がいけい)」(手足、体の動作のこと)もだめということになります。


(1)内勁―「臓腑経絡系」のエネルギー状態は外勁にあらわれ、
(2)外勁―手足、体の動作がおかしいときは、内勁の状態が注目されなければなりません。

こうした内・外勁の二方面から見なければなりません。

たとえば、「恐怖心」が強い人の場合は、現代医学では、これを疾患としません。

(中略)

ショックに対する驚きが、「臓腑」を損(そこ)ない、循環系に影響し、外勁、つまり手・足・体が満足に活動しにくくなるからです。


(『武道鍛錬法』、蓑内宗一著、森庸年編、28~30頁)







本来武道というものは東洋医学の気の原理を基に確立していったもであった。



西洋の筋力の原理が入ってきてスポーツという体育系にされてしまったのが現代の武道の姿なので実戦からも実用からも遠いものになっているようだ。

精神を養うのであれば、気の原理を取り入れなければならない。


筋力の原理はなにかというと、計算で測るものだ。

計算通りの食事制限、計算通りの体力づくり、決められた年齢制限と重量別で、決められたルールに従い、タイムや数字を競う。


人間の行動則とは関係ない世界である。

スポーツはゲームであり、選手たちは緊張の虚構世界でプレイする。

そして観戦する方も緊張している。

もちろん、この状態を好む人もおられる。

私は、スポーツをあまり好んでみなかったのは、この余計な緊張を自然と避けていたのかもしれない。

そして、ある程度経験すれば単調な繰り返しに飽きてしまったのかもしれない。

弓道を型を覚えたら飽きたのと同じように。

スポ根精神でいえば、根性がないだとか鍛錬が足りないだとか言われそうだが、

私の場合、これに打ち込む理由が見つからなかったといえる。



経絡の流れを考えずにスポーツをしても健康になるわけではないのはこいうことで、

タイムを競うスポーツの「持久力」で、仕事の能率の「持久力」を養うことではなかった。


蓑内氏はスポーツにも「気の原理」をとり入れるべきだといっておられる。

そういわれ始めて久しいが、蓑内氏もまた本の出版に難儀されておられたように、何か抵抗があるようだ。


私は蓑内氏の本を読むまで経絡の東洋医学と武道を分けて考えていた。

またしても、自分の中の鈍感さに気づかされた。



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[ 2013年03月08日 09:34 ] カテゴリ:蓑内宗一 | TB(0) | CM(0)
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