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武士同士の対決は実と実との対決であるが、忍びが戦うときは常に自分は実であり敵は虚である。「正忍記」その5
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全体意識の「実」


「正忍記」は延宝九年(一六八一)、名取三十郎正澄/藤一水正武(ふじのいっすいまさたけ)丈夫によって書かれたものである。

現代語に読み下し、解説を加えたのは中島篤巳氏である。

「一流の次第」の解説で、


「武士同士の対決は実と実との対決であるが、忍びが戦うときは常に自分は実であり敵は虚である。」

との読み下しは中島篤巳氏による。

その状況は「正忍記」に解説がされてある。




「実」について自分で解釈をしてみる。

全体意識は自分という中心から四方八方に放射するエネルギーである。(遠心する意識)

全体主義は、ファシズム国家のように権力の中心にエネルギーが集まることである。(収縮する意識)

とした場合、


全体意識、または一体意識の強弱で自分との関わる世界が大きくなったり小さくなったりする。


全体主義は、意識が強かろうが弱かろうが権限は自分以外のところにある。

「虚」であるワンワールド世界政府はこの全体主義を目指している。


全体意識を持つこと、が「実」なのである。
大きい「実」の世界観を持つ者が師となり、小さい未熟なものはそれを目標にしたであろう。


現代、この「実」の世界観が「虚」の世界観にとってかわられようとしている。

たとえ「虚」が大きくなろうと、「実」で生きることは可能だということを先祖が身を持って教えているようだ。



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[ 2013年03月17日 14:10 ] カテゴリ:未分類 | TB(0) | CM(0)
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