ビー太郎サバイバル日記

武士同士の対決は実と実との対決であるが、忍びが戦うときは常に自分は実であり敵は虚である。「正忍記」その5
ビー太郎サバイバル日記 TOP  >  未分類 >  イエズス会と織田信長

イエズス会と織田信長

おりしもバチカンで新しい教皇が選ばれたのが、2013年3月13日夜。

アルゼンチンのホルヘ・マリオ・ベルゴリオ枢機卿(76才)は、はじめてイエズス会出身から選ばれた。


写真をご覧になる通り、新教皇は白人のような顔立ちである。
アルゼンチンには先住民をほぼ絶滅させたあと、ヨーロッパから移住した白人が住み続けている。


参考:akazukinのブログ
イエズス会・南米ミッション村(2009-10-31)

http://ameblo.jp/ootadoragonsato/entry-10377327073.html


参考:行政調査新聞-
「聖マラキの預言」が暗示するバチカンの終焉(2013年 3月 13日(水曜日) 11:07)

http://www.gyouseinews.com/index.php?option=com_content&view=article&id=238:2013-03-13-02-08-03&catid=37:2009-07-08-21-58-00&Itemid=53


キリスト教国では昔から言われてきたのが、ノストラダムスやマラキ書の預言にある「最後の黒い教皇」ではないかという話題。


前教皇ベネディクト16世も「黒い教皇」と呼ばれた。


もう一人、常に「黒い教皇」と呼ばれるのはイエズス会総長。

これで、表も裏もイエズス会になった。

これでは、キリスト教というよりイエズス会の方が問題ということではなかろうか。






イエズス会は日本とも縁が深い。


日本に最初にキリスト教を布教しにきたのが1549年ポルトガルから来たフランシスコ・ザビエル(イエズス会)。

フランスとスペインの国境沿いにあるバスク地方出身でポルトガル王ジョアン三世の依頼で派遣されたとある。

バスク地方はサンティアゴ・デ・コンポステーラ巡礼の出発地点でもある。



1492年1月、イベリア半島での最後のイスラム教徒の拠点であるグラナダ(スペイン)が陥落した。

キリスト教徒がイスラム教に支配(718~1492年)されていた領地を奪還した「レコンキスタ(国土回復運動)」である。

イスラム教国に支配されていたとはいえユダヤ人には寛容で大勢住んでいた。
南スペインの都市の旧市街地に行けばユダヤ人街が残っている。


1492年といえば、コロンブスがアメリカ大陸に到達している。


スペインではキリスト教国になってユダヤ人の排除が始まった。

ポルトガルや他の地域に移ったユダヤ人もいたが、留まる以上改宗を余儀なくされた。
ヨーロッパを出てアメリカへ移住したユダヤ人も多かった。
それらは、海賊で商売をした。

イベリア半島の金融中心地だったベネチアもその中心をオランダ、アムステルダムへ移動する。

そんなヨーロッパでの動きのなか日本では、

ポルトガルから派遣されたイエズス会は、織田信長から許可を貰って布教活動を行ない、
豊臣秀吉は「バテレン追放令」を発令し、
徳川家康の鎖国政策下で唯一貿易許可を与えたのはオランダというのも上記の動きによく合っている。


日本は他の植民地国と違ってどうしてこのようなことができたのだろう。

日本人の意識はどのように形成されていったのだろうと、考えていた。

このブログでも紹介している甲賀流忍術の出である著者が書いた「正忍記」や「ツボと日本人」という本を読んでいて、思い立ったことは、織田信長の天下統一事業は、日本人の発案ではなかろう、ということだった。

行動を起こすには、その根拠が必要だ。

心の動きが行動につながる、と考えるのは日本人。

織田信長に入れ知恵した過程と根拠があったはずである。



そして、奴隷は心を失くして言われたことを忠実にするのが良い奴隷。




別のことを調べていたら、このような本を見つけた。


信長と十字架―「天下布武」の真実を追う

立花京子著、集英社新書、2004



立花京子さんの経歴が面白い。


一九三二年東京生まれ。 東京教育大学理学修士(数学)。 
朝日カルチャーセンターの古文書講座(林英夫講師)を九年間受講。
その間、一橋大学の池享教授、神奈川大学の三鬼清一教授のゼミに参加しながら、独学で戦国史を研究。


云々。

とある。

カルチャーセンター出で博士号まで取られた。
このような方は専門家にない視点で遠慮なく切り込んでいってもらいたい。

内容はさておいて、著者の狙いを書き出してみる。


「私は、信長はその武力によって天皇を守護するという大義名分を掲げながら、天皇を最大限に利用した功利的勤皇家であり、中世の仮面をかぶって近世を開こうとした人物であると位置づけました。」(はじめに、3頁)


「『天下布武』の真実、すなわち、信長の全国制覇は南欧勢力と密接に関連していたとの仮説を思いついてから、もう十年以上の月日が経ちました。 ……
この説は、従来の英雄、かつ革命児としての信長のイメージを大きく変えるものでありましょう。……

私をして長年研究を続けさせている力は、謎解きの面白さは別として、私が着想した仮設を論証して公にしなければ、私たちは真実と違う話を、自国の歴史としていつまでも受容することとなる恐れであります。……


信長の全国制覇が、南欧グローバリゼーションの一端を担うものであったことは、従来の研究では、まったく考慮されていませんでした。……

本書におきましては、イエズス会が宗教団体としてふさわしくない部分があったことを示す記述がありますが、それはあくまでも十六世紀の歴史としての把握でありまして、現在の同会はまったくこれらと無関係であると認識していますことをお断りいたします。」

(あとがき、258~259頁)



イエズス会についてのお断わり書きは、それより前に述べた著者の言葉からして矛盾してはいまいか。


関連記事
スポンサーサイト
[ 2013年03月18日 22:42 ] カテゴリ:未分類 | TB(0) | CM(0)
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
この記事のトラックバックURL

プロフィール

beetaro

Author:beetaro
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新トラックバック
検索フォーム
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR