ビー太郎サバイバル日記

武士同士の対決は実と実との対決であるが、忍びが戦うときは常に自分は実であり敵は虚である。「正忍記」その5
ビー太郎サバイバル日記 TOP  >  スポンサー広告 >  未分類 >  東洋医学の「神気」

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --年--月--日 --:-- ] カテゴリ:スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

東洋医学の「神気」

「正忍記」を読んでいると、現代のビジネスマンの実用書を読んでいる気になってくる。

ようするに、時代や様式が変わったとしても精神は常に鍛えなければならないことだろう。

それが時代を生き抜く知恵なのかもしれない。



明治時代になって西洋思想が入ってから神=GODという解釈が加わった。

それまで、そのような認識は日本にはなかったのである。

しかし「神」はあった。

東洋医学の「神気」がそれである。


「東洋医学では自然界の生々流転、一時も休むことのない変化を支えているもの、それが『神(しん)』です。」

引用元:いおり鍼灸 気の種類(4)―「神気(しんき)」
http://www.iori-hermitage.jp/words/Jmedical/0001_04.html



江戸時代、蘭学医の杉田玄白(1733-1817)等の手によってオランダ語で書かれた「ターヘル・アナトミア(解剖図譜)」を基に「解体新書」を作成。


そのとき玄白らは、

「生命力の経脈(気の流れ道)である刺激伝導系の事を、…正式に「神経」と名付けた」(引用元 :「神経」の語源について http://okwave.jp/qa/q912911.html



「神経」という文字が初めて作られ使われた。






蓑内宗一氏が「武道鍛錬法」(砂書房、1996年刊)の24頁に、

気と精(血)を合わせたものを「神=細胞や体を組織・結合し形状を形造っている働き」といい、

気の運動エネルギーと栄養/スタミナで「精神力=念」が生じるさまをごく簡単に図示している。



「神経」という言葉は、「解体新書」(1774年)からできたが、それまで「神経」がなかったわけではない。



東洋医学では、古代中国の神農、黄帝の時代からすでに認知されており、それはツボであり経絡である。

それを利用し応用したのが、兵術であり忍術であった。


気血エネルギーの流れる道筋を経絡といい、蓑内氏は「臓腑経絡系(第三循環系統)」といっている。

参考 同ブログ内:気血エネルギー
http://akazukinverde.blog.fc2.com/blog-category-9.html#entry38


この気血の流れが滞ることを武士たちはきらい、虚構時間で実の行動を発揮せんがため、日々の鍛練を怠らなかったのである。


気血の流れがよくなるとツボも刺激される。

気血の流れが滞ったら滞ったところのツボのあるところに支障をきたし具合が悪くなる。

ツボを針や灸で刺激するというのは気血の流れをよくするためであった。



すると気血の流れというのは電気の流れみたいなものなのか。

経絡は血管やリンパ腺のような目に見える線はない。

武士のみならず、日本人の生活様式、立ち居振る舞いは、その経絡を鍛練するようにできていたと考えられる。

原理から行動が生まれたのだった。

関連記事
スポンサーサイト
[ 2013年03月31日 00:00 ] カテゴリ:未分類 | TB(0) | CM(0)
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
この記事のトラックバックURL

プロフィール

beetaro

Author:beetaro
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新トラックバック
検索フォーム
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。