ビー太郎サバイバル日記

武士同士の対決は実と実との対決であるが、忍びが戦うときは常に自分は実であり敵は虚である。「正忍記」その5
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忍者少年の仙人入門(1)

古武道をたしなむ友人は、それに関して始めたばかりで有段者ではないが、それまでいろいろな修行をしてきたと見えてあれやこれやと知識はある。

先日、アメリカ・インディアンのシャーマンの修行の仕方を話していたら、こんなことを言った。

それは、仙人みたいなものか…と。

私は、そうかもしれないと、そんな気がした。

しかし、確信はない。

そもそも仙人は話の上でのことで実際見たことも聞いたこともはないのだから。

しかし、シャーマンを導いたスピリットの存在を信じてしまったために、仙人の話しもあるような気になった。

ちょうどいい本があるから読んでごらん…と、紹介されたのが、

「仙人入門」程聖龍(ていせいりゅう)著,だった。

仙人入門 (知恵の森文庫)仙人入門 (知恵の森文庫)
(2005/09/06)
程 聖龍

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サブタイトルに「忍者少年、中国武術の老師になる」とある。

忍者…

トム・ブラウンもアパッチ族のグランドファーザーのストーキングの技術を「日本の忍者のようだ」といっていた。

どおりで、外国人が忍者やサムライに熱狂する意味が分かった気がした。

ショー・コスギのハリウッド映画のニンジャシリーズの影響ばかりではなかったのだ。


程聖龍師の本名と生年は出て来ないが、「幼少より甲賀流忍術の師のもとで暮らし…」と著者紹介にあるように、そのまんまだった。


しかも兄弟子は忍者犬だった。

忍者犬は「カムイ外伝」で登場したのを見ただけで漫画の世界かと思っていたら本当だった。



著者は子供の頃、師匠に連れられてアメリカに行ったことがある。

いつだか書いていないが、なんでも向こうの日系人団体の招待にあやかってだそうだ。


話はそれるが、アメリカの日系人と言えば、日系部隊がまず頭に浮かぶ。

その二世たちは一世の親から武術を教わっていた。

ジャップ、ジャップとバカにする図体のでかいヤンキーたちを柔術で投げ飛ばしたらおとなしくなった、と言う話をドキュメンタリービデオで語っていた人もいた。

あのころの日本男子は、なにかしら武術をたしなんでいたのだ。



少年の頃、忍者修行にあけくれていた著者は、高校卒業後、都会に出て新たな武術の修行する機会を狙っていた。

東京で中国武術を知り、さらに中国には仙人がいることを知り、その仙人をたずねて中国へ行ってしまう。

言葉はどうするのか、旅費はどうするのか…細かいことはどうでもよくなった。


忍術とスポーツの違いを著者は自己の体験から簡素にまとめている。


……忍術や内家拳は、まずもって何をやっているのかがさっぱりわからない。 おまけに勝った負けたがないから、勝負に負けて興味を失ってしまうこともない。 第一忍術では木へのしがみつき方が上手くなったからといって、それで誰かに勝てるわけではない。

勝ち負けのまったく存在しない世界だったからこそ私は修行を続け、その結果「勝ち負け」ではなく「生き死に」の世界へ行き着いてしまったのかもしれない。

スポーツの世界で「勝ち負け」にこだわることができるのは、それで生命を失うことがないからである。 そこにあるのは、万が一負けてしまっても本人の努力次第でもう一度挑戦することができる幸せな世界だ。

ところが、忍術にしろ内家拳にしろ「負ける」ということは「生き延びることができない」ことを意味している。つまり「負ける」ことは「死ぬこと」に直結してしまうのである。となれば考えるべきことは、目の前にある死をいかに逃れるか、どうすれば生の側に身を置き続けることができるのか、ということになる。

「勝ち負け」がないことと、幼稚園や学校を「エスケープ」したこととの間にも、どこかで共通するものがあるような気がする。 私にとって学校とは、教え、評価する世界だった。「結果を求める世界に近寄らないこと」「評価の出る世界に近寄らないこと」は「勝ち負けの世界に近寄らないこと」に通底する。 だからこそ私は学校から逃げ出したのかもしれない。

中略


もうひとつ言うと、夢中と集中は違う。 つまり努力や集中には「するか・しないか」という選択肢が存在するが、夢中にはそんな選択肢など存在しない。 「やる・やらない」もなければ「何故」もない。 それが好きである限り、頼まれもしないどころか、放っておいてもとめられても、とにかく、ただやってしまう。 夢中には動機が無いし、好きには理由がつけられないからである。

その意味で、私にとってスポーツは所詮「努力」の範疇で、夢中にはどうしてもなれなかった。

(『仙人入門』95~98頁)



こんな調子で話しが続くので、もう夢中で読んでしまった。

人によって考え方は違うが、大事なのは自分はどう思うかであって他人がどう思うかではない。

少年が仙人に会いに行った話は次回にしよう。
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[ 2013年01月20日 17:21 ] カテゴリ:忍者少年の仙人入門 | TB(0) | CM(0)
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