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武士同士の対決は実と実との対決であるが、忍びが戦うときは常に自分は実であり敵は虚である。「正忍記」その5
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三國連太郎氏と被差別部落 その2

先の東京新聞で三國連太郎氏の弁として書かれたこと、

「部落差別は間違っている。 差別される人も、差別する人も犠牲者だ。 これを乗り越えていかなければならない」と訴えたという。



それはしごくごもっともで、美談のようで、どうぞそうしてください。

としか言いようがない。

「TPPは差別だ」

と言ってたらちょっと関心を持ったかもしれない。

「差別」がはびこる芸能界に在籍しながら、今まで干されることなく職業を全(まっと)うできただけでもありがたいと思わなかったのかどうか。

三國氏についてはよく知らないのでこのへんで。





差別を乗り越えた人たちは、このような奴隷根性からも解放される。

歴史における忍び。

「正忍記」を読むと、彼らは時の中央政権からは疎まれ差別された対象のはずであるが、このような奴隷根性は持ち合わせていない。

そのような世の中を虚とみなし、そのなかで生き抜く術(すべ)を身につける。



昔とは言わず現代でも、人生において多かれ少なかれ、差別やいじめに合うものだ。

合わない人の方がいないくらいだ。

その人生において、差別を受けた「時」や、いじめられた「時」にいつまでもこだわることは、その「時」に囚われていることになる。

このような習性を「奴隷根性」と見なす。


差別やいじめを乗り越えて、精神的に強くなってゆく。

現代は精神が鍛えられていないから弱い人が多く、「差別」と聞いたら縮みあがり、乗り越えられない人がでてくるのは気の毒としか言いようがない。


以下、参考になればと思い『武道鍛錬術』から書き出しておく。



現在の学校教育では、明らかに知育偏重の傾向が見られます。(中略)

当然これに伴わなければならぬ情操とか、体力とかいうものについての考慮は、非常になおざりにされ過ぎております。

その結果、起こってくるのが、いじめ問題です。

このような「体不在」の文化は、達磨大師の時代の僧院にもやはり存在したので、大師は武術と健康のため少林拳を開創しました。

デカルトはその晩年に至って、「精神であると同時にまた物体でもある不可思議な存在、すなわち人間である」(伊吹武彦訳)と論じています。

大哲学者デカルトさえとらえきれなかった人間という存在。

しかし、東洋医学的観点からすれば、人間存在をスッキリととらえることが可能です。

知育偏重の解決策も簡単に出てくるのです。(中略)

いじめに悩む人は、死を考える前に呼吸法と脈合法で心身の調節、鍛錬、つまり武道鍛錬術を行なうことをおすすめします。

武士の世界でもいじめは日常茶飯事であり、それを克服するために、自己を鍛錬したのです。


(『武道鍛錬術』蓑内宗一著、森庸年編、砂書房、1996年、103~104頁)





著者の蓑内宗一(みのうちそういち)氏は、1922(大正11)年生まれ。

森庸年氏の書かれたあとがきに

甲賀の流れをくむ武道医学家・蓑内宗一

とある。

「長崎で一家は原爆に遭遇し、家族は死に絶えてしまいます。 かれは九死に一生を得たものの、さらに交通事故に見舞われ足が不自由となってしまいました。
それでも、武道で鍛えていたために、なんとか歩行ができるようになったのです。」(同書、209~210頁)



たぶん被ばくもされていたに違いない。


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[ 2013年04月21日 13:45 ] カテゴリ:部民(部落)/伴 | TB(0) | CM(0)
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