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武士同士の対決は実と実との対決であるが、忍びが戦うときは常に自分は実であり敵は虚である。「正忍記」その5
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ゴッド(神)を議題にすること/その3


GOD ON THE TABLE
ゴッド(神)を議題にすること


人類の精神的な将来に役に立つ議論を試みる


by Michael C. Ruppert
© Copyright 2010, CollapseNet, Inc.

Please Distribute Widely
[
周知願います]


その3



A THIRD VIEWPOINT – Meet Red Crow
第三の視座―Red Crow(赤いカラス)に会うこと



地球に拠点を置いたネイティブ(先住民)の信条は、私の知る限り、法典として編まれた印刷物に頼るものでは決してありませんでした。 書物は、最終的な権威であるはずがありません。 地球にこそあるのです。 可能だとはいえ、Red Crow(赤いカラス)という名の原住民の長老が伝え導いたことは、いまだかつて聞いたことがないような、はっきりと明確に地球に拠点を置く精神性でありました。 

心に訴えかける地球基盤の精神的な哲学(下のビデオ)は、端的に良くまとめられており、私たちが知っていることであり、コラプス・ネット(
CollapseNet)はここを起点とします。 時間を割いてでも見ることを奨励しています。[この素晴らしいビデオを見てから、先を読むことを勧めます。]

Indigenous Native American Prophecy 
Indigenous Native American Prophecy

先住民アメリカ・インディアンの預言 [英語ビデオ・part 1 -6:37]



私は、これらの信条に長けているわけではなく、まだ生徒になったばかりです。私はオレゴン州でスー族最大のダコタ部族の長老の一人スキップ・モホーク(Skip Mahawk)に尋ねたことを思い出しました。

私が土着の精神的な伝統にのっとった方法で人間になる機会はあるのだろうかと
つまり、自然と完璧にもしくはそれに近い状態で調和している人々や、地球と生きとし生ける生物に敬意を払うような人間にです。 私は、これまでアメリカ・インディアンのひとがこんなにも大笑いするのを見たことがありませんでした


私は、多くのことを学ばなければなりません。


私の経験と勉学の幅が限られていたのは、地球基盤の精神修養(spiritual practices)が、神はどんなミスを犯したことがないという概念に根ざし、信じたがためでした。(誰がその存在に関して議論できるというのか?) 私が間違っていたら指摘を願います。


アブラハムの宗教(ユダヤ教、イスラム教、キリスト教)で最も大きな犯罪の1つは、私の考えによれば、地球に拠点を置く信仰であるペイガニズム(paganism)と魔術信仰(Wicca)のようなものに悪魔崇拝(devil worship)を不正に結びつけたことでした。 

私はナショナル・ジオグラフィック・スペシャル(NATGEO Special)の番組で再びそれを見つけて、身がすくみました。 ペイガニズム(キリスト教以前の古い多神教)、ウイッカ (Wicca:ペイガニズムの復興)、ドルイド僧、ネイティブ/インディアンの信仰(人間中心でなくむしろ地球とスピリットに則っている)は、一神教は言うまでもなく、アブラハムの悪魔さえ認めていないことを、私の研究は示します。 私は、その数々の名称から「一番悪い奴」を探すことも見つけることもできませんでした。


これらの精神的修錬(spiritual practices)が、いわゆる「進化・発展(progress)」、支配の拡大と無限の成長のじゃまになるので、地球に拠点を置く信仰について都合よくウソをつきました。 異教徒(ペイガンズ)、ドルイド僧悪魔崇拝者と名指し、キリスト教神学者の眼を誤ったほうに導びき、その虐殺を正当化しました。



アブラハムの宗教においても、その証拠は天地創造の完成として知られる理解の中に見つかります。 その例が旧約聖書におけるイザヤ書とハバククの預言の声明に散見されるもので、「あなた〈神〉は悪を見るには目があまりに浄く」-神々の世界(God’s world)は穢(けが)れていません。 よくもまあそのようなことが言えるもんだ? 

神は、定義によれば、間違いを犯しません。 ヨハネによる福音書(
John1)に記述された、神(God)が創った宇宙、によれば、神(the Word)がすべてを創った、神によって創られなかったものは何もなかった、と。

ハバクク 
参考:Habakkuk:『旧約聖書』にある預言書『ハバクク書』の預言者
http://www.jw.org/ja/%E5%87%BA%E7%89%88%E7%89%A9/%E8%81%96%E6%9B%B8/%E3%83%8F%E3%83%90%E3%82%AF%E3%82%AF/


アブラハムの宗教がやったことは、神は邪悪なものに容赦しない、という解釈で、それに引き続き起きたすべての虐殺・虐待行為に対する正当化でした。 「神に誓って、殺すか、略奪するか、侵入するか、強姦するか、皆殺しにする」、何かを黙認するためにその権力と存在理由を与えました。




私は地球に拠点を置く信仰が言及する善と悪または闇と光を知りました。 しかし、まだ他をしのぐ最終的勝利、「打ち勝つ(overcoming)」といわれるものに遭遇していません。 道教と仏教と同様に、地球基盤の精神性の勉学と知識において現時点で遭遇したものは、たとえば季節や昼夜のような自然の周期的なリズムに存在する愛で満ちあふれる受諾と抱合と同等の相互間で行われる力強い調和です。


基本的に、人類が最も永く持続できる精神的な生活とは、火打ち石、斧、水、食物またはシェルター住居と同様に、人々にとって地球に拠点を置いた意識で生きること(そうでないとしても)は、重要でした。 そして、そのように振る舞いました。


それで、私たちはどうなるのでしょう?


多くの成功例のあるアルコール依存症回復プログラムの12ステップの第2ステップは、「われわれは自分より偉大な力が、われわれを正気に戻してくれると信じるようになった。(came to believe that a power greater than ourselves could restore us to sanity)」となっています(12ステップ・プログラムが始まったのは、ほとんどの宗教に共有して見られる神秘的な教えからです)。 

そして、―
蒸留して取り除かれる―このステップで必要とする唯一の真実は、実際、私たちより偉大な力の認知であり、それは私たち(個人または集団)でありません。それらの事実は、すでに目にしています。 このステップが言っているのは、より高い力と意識的なつながりとそれとの適切な関係(working:働き)です。

参考:AA(アルコホリック・アノニマス)の12のステップ
「アルコール依存症の理論」
http://homepage1.nifty.com/edlabo/aa.htm

aa12 aa 





私がここで提案しているものは、簡単な概念です。


私たちと他の創造物との切断されたつながりを回復治療することで、この宇宙に定められた法則は、人間自身の生命(おそらく惑星における生きとし生けるものたち)を救う重要なステップであります。 人間のほとんどの歴史を通じて、この宇宙論が霊界に関していわれることは、すべてを事実として認めるなら、生きていようがそうでないにせよ、見えるか見えないかにせよ、精神(spirit)を持っていることです。

歴史から見れば、「宗教(religion)」は非常に新しい言葉です。 

精神(
spirit)の概念は、人類と同じくらい古いです。


赤いカラス 
訂正4/27/2011 この論文で、当初(You Tube上のビデオ・リストに沿って)、Red Elkという名前を使いました。 ある話者から、Floyd Red Crow Westerman(フロイド“Red Crow”ウェスターマン)であると間違いを指摘されたので、適切に訂正しました。]


(つづく)




ソース:COLLAPSE NETWORK
http://www.collapsenet.com/index.php?option=com_k2&view=item&id=341:god-on-the-table-1-november-2010&Itemid=130


【翻訳:タドン】

訳者注:適宜改行、編集、写真選びは訳者が行いました。
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[ 2013年04月28日 12:17 ] カテゴリ:GOD ON THE TABLE/ マイケル・ルパート | TB(0) | CM(4)
>精神の概念は人類と同じくらい古い

そうですね。
動画“真のユダヤ徒はイスラエル国家を認めない”(Youtube) のコメント欄に

「人より上に立つものは人以外の全ての生き物だが? 地球上で人間をてっぺんに置いてその上が神? はは、違うだろ。神は人間がいるから産まれた存在だろ。他の生き物たちは神になんて頼らず、必死に生きて朽ちてる。生き物とはそういうものだ。そして、それらに支えられて人間は生きてる。欲にまみれ暴利に走るのは人間が勝手に作った価値観だろ。勝手な人間の都合だろ。神がいようといまいと、人間は昔から闘い、優位に立つために命を尽してる。それだけなら他の生き物と一緒だった。
だが、人間はそれを認めたくなかったから神を作った。君に信じる神がいようと、私に神がいなくとも、人間の欲望や利益は静まらないんだよ。
神を崇める前に自然界にもっと敬意を払うべきだろ。」
というのがありました。

神より前に精神、神より前に自然界、そうなのかもしれません。

多くの一般人の精神性が向上したり、洗練されたり
目に見えて分かりやすい物品の訴求に気持ちが振り回されなくなると困るのは誰か?と考えると・・・


[ 2013/04/29 17:27 ] [ 編集 ]
精神の概念は人類と同じくらい古い
hanaさんの投稿を受けまして、

ご紹介にありましたビデオのアドレス。

「真のユダヤ教徒はイスラエル国家を認めない」

公開日: 2012/06/03
投稿者: mamo ru
http://www.youtube.com/watch?v=RPqvctYizkA

5分12秒、日本語字幕付き


「精神の概念は人類と同じくらい古い 」
について付け足したいなぁ…
と思っていたところにタイミングよくコメントありがとうございました。

「spirit」をどのように訳すか、いつも迷いますが、

ここで「精神」にしたのは、神は外部にあるのではなく人間とともにあることをはっきりと意識してもらいたかったためです。

東洋医学での「神気」の説明にありますとおり、「神気」はありますが、「GOD」ではありません。

「神気」というのは宇宙の気エネルギー、生命エネルギーのようなもので「神気」が作用し合って肉体を持つ命ある人間を作り、

命ある人間の誕生とともに精神も存在していたという考え方ではないかと思います。

自然界もこの「神気」の影響をうけているはずです。

昔の縄文日本人はこれを「アマノミナカヌシノミコト」と呼びました。



私はここに引用されているコメントの方と別な見方をしておりまして、

「神=GOD」をつくったのは人間以外の邪悪なエネルギーを持つ存在だということです。

そして、邪悪なエネルギーを持つ存在を仮に「悪魔」と申しますと、

「GOD=悪魔」というふうに見ています。



人間はその行為に利用されているので、本来祈りをささげるべき存在との間に「悪魔」が入り込んでいる場合もあり、知らずに拝んでいたり、儀式に参加していることもあるでしょう。

不当に力を得たいがために悪魔に媚びるのもでてくるでしょう。


人間がそれに気づき、本来の力に目覚めれば、自然界と調和した世界が作れるということです。


それを邪魔せんがために、物質文明、革命、戦争、金融市場といった怒りや恐れや不安に満ちた現代社会を形成する営みが継続されてきました。

破壊もしてきましたが、これらを精神的に発展したものに創りかえ、自然に敬意を払った生活を築くのもまた人間だと思っています。

「悪魔」に侵入される前のネイティブ・インディアンや先住民の生活はそのようなものだったと思います。

ここで、また勘違いされるかもしれませんが、その時代の生活が良かったから戻るべきだなどとは思っておりません。

現代は、現代の人間の創造でつくっていくべきだと思っています。

その時は「悪魔」的思考を排除した創造でです。


一人一人が大事なのであって、特別に誰か崇めるのではないと考えるのはそのためです。
[ 2013/04/29 21:21 ] [ 編集 ]
『神の様な力(または存在)』とは崇めるためにあるのではなく、精神を高めて一体になる対象なのではないかなと思います。
うまく表現できないかもしれませんが、チャクラに例えると1のチャクラは肉体や物欲に直接結びついて、上に上がるほど精神が向上(精妙に軽く)して行き7番目が開くと松果体が活性化して超能力というか(イルカは使えるみたいですが)そういう能力が開花して宇宙と一体になれる(神と一体に?)ようですね。
太古の人類には普通にこの力が備わっていたように思いますが、今松果体を活性化しようとすると指導者の元で危なくないように瞑想したりしないとならない状態になっているのが現代人だと思います。
そして「人間は罪深い」と第一のチャクラ(蓮華)に縛りつけるのが宗教(一神教)ではないでしょうか?
邪悪な力>粗雑・鈍重な精神、ではないでしょうか?
神道では神は奉らず鏡>彼が身>自分が写る・・・がおいてあるようで、自分(最高に高められた精神であれば)=神 なのではないか?それで神は身の内にあるのではないかなと思います。
寺山心一翁さんの記事です>外気功http://www.gaikikou.jp/sun/?force=true
崇める対象としての神=悪魔・・・そうですね。


[ 2013/04/30 22:56 ] [ 編集 ]
「群盲」の一人として、見えないものを説明する
HANAさんいつもありがとうございます。



自分の言葉で書くことが大事だそうですよ。

私も、説明が下手なのですが、がんばって書いています。

ときに、見えないものを説明する時は、「群盲象を評す」の状態でいろいろ出てくるでしょう。


「群盲」の一人として、今まで思ってもいなかったことに気づかされることがしょっちゅうあります。

それで経絡の話を書いています。

武士や忍びのものはそれを実践として使っていたことに納得もしました。

そうすると全身精神が研ぎ澄まされた目のような状態になり、「気配を感じる」とか「後ろに目がついている」という比喩も成り立ちます。

アメリカ・インディアンの日本版でしょうか。



これは質問も入っておりますでしょうか?



>そして「人間は罪深い」と第一のチャクラ(蓮華)に縛りつけるのが宗教(一神教)ではないでしょうか?

「人間が罪深い」と言うのは、まさに宗教が作った概念だと思っています。



>邪悪な力>粗雑・鈍重な精神、ではないでしょうか?

この邪悪な考えを入れ知恵するものがなければ、邪悪な考えがいつまでも継続することはありません。

アダムとイヴがヘビにそそのかされたというのは、まさにこのことで、

その後の宗教は、その維持に役立ったようです。





神道という形態が生まれたのは外国の宗教が入ってきてそれに対抗するために創られた当時の最高の芸術だと思いました。

神道家はそのように思っていらっしゃるかどうか存じませんが、

このようなしきたり、文化は時代を経て創造発展するものだと思います。

技術が良くなれば、美しくなり、
精神を加味すれば、気高くなり、


神道の形態は自然と調和して一の宮とか産土(うぶすな)とか言われて地元に大事にされていたまでは良い状態が守られていたのですが、幕末明治維新後の西洋化で、神仏分離の廃仏希釈運動や国家神道としての神社改正が施行され政府から格付けされたり冷遇扱いされたものの天皇教に組して戦争へ向かって行った変化もあれば、今は御利益主義になってきました。

戦争も拝金も悪魔主義の産物ですが。


状況は時代の流れで変わるもののようですし、
精神的人間が少なくなれば、

悪魔が加味されて邪悪なものになりますし。




インドでカースト制度が現代に至るまで継続するのも、その一本のチャクラ思想の影響が強いからではないかと考えました。
[ 2013/05/01 13:49 ] [ 編集 ]
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