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武士同士の対決は実と実との対決であるが、忍びが戦うときは常に自分は実であり敵は虚である。「正忍記」その5
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宇宙原理は憲法ではない


憲法とは、会社の定款のようなものである。

と、定義づけしてみたら、何やら軽いもののように思えてきた。



憲法とは、家訓のようなものである。

とした方が、私にはしっくりくる。



しかし、現代は国家が一企業のように振る舞っているから、定款のように見えてくるのだ。

家訓のほうが、まだしも経験則によっていることから宇宙原理を踏まえたもののような気がする。



国家憲法は宇宙原理でないがために、自国民や他国民のために機能しないときも出てくるし、息詰まる思いだ。

経済利益優先するような企業の定款になっている。
そうしたらどうなるか、自分が得をすれば他者が損をし、他者が得とれば、自分が損をする。

両国のためにならない。

作者をみればどこに目的を置いているのかはっきりするだろう。


文明が進歩して文字が出来たという。

文字を持つ民族は進歩した民族というが、古代中国には最初から文字があったようにも見える。

書いてある文字が正しくて、口伝のものが正しくないとどうして言えよう。

文字は文明が進化した証か?

或る物質文明の証かもしれない。



飛騨の稗田阿礼の口伝で『古事記』が編纂されたが、文章になれば、筆記した人の解釈も入るし、間違えるし、改ざんもできる。

稗田阿礼が文字を知らなかったら校正も確認もできない。

八世紀、奈良時代の文字は吏読(リトウ)文字でみんなが使っていたわけではない。


山本健造氏が、飛騨に伝わる口伝を村の長老から聞き、後に現地調査をして「裏古事記」(2000)や「神武以前」(1992)、その他を書かれておられるが、本居宣長による『古事記』の内容とここに書かれた内容はまったく違っている。

裏古事記神武以前



本居宣長が『古事記』の文字を読めなかったので江戸時代の漢学の知識で解釈したとか、読めない漢字を当時の漢字に直したとかで、苦心惨憺して創作したのが現代に伝わる『古事記』であったようだ。



古文書に書かれていることがどれほど信憑性に足りるものなのだろう。


「正忍記」は、甲賀忍者の流れをくむ口伝で門外不出のものであったが、太平の世になって忍者の需要がなくなり子孫に正しく伝え残すために忍者自身によって江戸時代になり書かれたものであった。

江戸時代になれば、文字の知識もだいぶ行きわたっている。



アパッチ族のグランドファーザーは本を書かなっかようだが、代わりに弟子のトム・ブラウン・ジュニアが、英語でことばを伝えている。

トムは7才から10年近く学んだとはいえ当時の記憶をそのまま辿るような内容の文章構成は、読んでいる自分もグランドファーザーに教えられているような気分にさせる。

トム・ブラウン・ジュニアは教えを授けられた後はかならず、古来よりの習慣に従ってその意味を深く熟考することで物事を正確に判断することを体得していかれた。

グランドファーザーが英語に堪能だったかどうかしらないが(言葉が通じないというトムの記述もあった)、大事なのは多くの人にわかるように伝えることなのかもしれない。


書いてある言葉をどう判断するのか迷う時がある。
以下に引用するのもそうだった。

ある時、グランドファーザーがアラブの古いことわざを引用した。


「自分が知っていることを知っている人は賢者だ。 ついていきなさい。
自分が知っていることを知らない人は眠っている。 起こしてあげなさい。
自分が知らないことを知っている人は子どもだ。 導いてあげなさい。
自分が知らないことを知らない人は愚か者だ。 避けるのがよい」


「…ヴィジョンもなく、自分の教えを生きていないのに自分は先生だと人びとを導こうとする者はみな偽(いつわ)りの予言者なのだ」


(『グランドファーザーが教えてくれたこと』、トム・ブラウン・ジュニア著、さいとうみなこ訳、2012年、310~311頁)



これはこのまま読んだが、

読み終わった後、なにか疑問が残った。

この「自分」とは誰のことだろう、と。

「私」なのか「他者」なのか?

いろいろなバージョンを考えてみた。

そして、次のように並べ替えてみてしっくりした。


賢者は、自分が知っていることを知っている。
眠っている人は、自分が知っていることを知らない。 
子どもは、自分が知らないことを知っている。 
愚か者は、自分が知らないことを知らない。
 


さらに、状況により「私」にもなり「他者」にもあてはまる。
役目もその都度代わり、生徒になったり先生になったりする。

私はこう理解して納得した。



紙の上の言葉を原理に当てはめてみて、やっと使えるようになる。

人間が考えるということは原理に戻るということかもしれない。

だから、古代の賢人が言ったことはどの人間にもあてはまる。



憲法は人間をある目的に縛りとめる役割をする。

宇宙には原理はあるが憲法はない。

宇宙原理に当てはめたものに、楠木正成が旗に掲げたといわれる「非理法権天」というのがある。

これは何時の時代にも通じる原理だ。



宇宙の憲法を言い出す人間がいれば、愚者だ。

近づかない方がいい。


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[ 2013年05月07日 11:45 ] カテゴリ:未分類 | TB(0) | CM(0)
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