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武士同士の対決は実と実との対決であるが、忍びが戦うときは常に自分は実であり敵は虚である。「正忍記」その5
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バリー・シュワルツ「知恵の喪失」


昨年、ジル・ボルト・テイラーのTEDでのスピーチを聞いたあと、メールで新着トークを送ってくれるサービスがあることに気がついた。

さっそく、申請すると、週一回くらいの割合で入ってくる。

知らない人との出会いもさることながら、人の仕事や体験談を聞くことは楽しいものである。

その中には、やりすごすものもあるし、一回見て終るのもあった。

途中で切ってしまったり…、目の前にいたらそんなことはしないのに…ネットは恐ろしい。




5月12日のメールに入っていたのは、

バリー・シュワルツ「知恵の喪失」


もちろん、はじめて聞いた名前である。

今回は、この「知恵…」という単語が目にとまった。

蓑内宗一著の「ツボと日本人」のなかに

「“知恵”と“知識”の違いを知れ!」

という項目のところをちょうど読んだばかりだ。

以下引用。



この際触れておきたいことは“知恵”と“知識”との違いを、よく分別(ふんべつ)して欲しいことです。

必要なのは知恵であり、しかも日本の家のしつけでも“知恵”に重点が置かれていたのに、戦後はどうして雲散霧消したのでしょうか。

そして、今日、外国人から指摘される破目にどうしてなったのでしょうか。

「学校の種類は多く、美容学校、料理学校、コンピュータの学校、カクテルの作り方を教える学校など、何でも専門に教える学校がありますが、みんな知識を教える学校のようです。 

ユダヤ人の言葉に≪魚を一匹やれば一日だけもつが、魚をどうやってとるかを教えれば一生生活できる≫というのがあります。 魚は知識、魚のとり方は智恵(智識)にあたるのです。 

ところで、江戸時代の武士教育は智、仁、勇に基づいていたそうですが、智というのは知識でなく知恵のことです。 現代日本ではなぜ知識に重点を置くようになったのでしょう」


つづけてこの著者は、“知”と“智”の違いをこう説明しています。


「“知”はある情報を知る」という単純な動作のみを表しています。 つまり自分の頭で考えて応用させたり判断する動作は含まれていません。

一方、“智”の方は、その字自体に“知恵”の意味があります。 つまり考え応用するという動作を示しています。

“叡智”という熟語にはその意味のままで使われているのです。

本章では“知識”と“智識”を使い分けています。 前者は英語の“Knowledge”後者は“Wisdom”に当たります。

先程、私が発言したように、ユダヤ人にとって、知恵は人生の重要な柱です。 旧約聖書には六一三の戒律があって、善行(=しなさい)と罪(=するな)に分かれていますが、なんとその中の最も大きな善行は“学ぶこと”であることからもその重要性がお分かりでしょう」


(ジャック・ハルペン 『ユダヤ人の頭日本人の頭 放浪民族と孤立民族の発想と論理』 青春出版社〈プレイブックス〉、1979年6月、179-180)。


省略

われわれ日本人に必要な文化的仕事の一つを、一外国人がコツコツ努力しているという変梃(へんてこ)りんな光景にまたしても出会ったので一例としてあげました。


(『ツボと日本人』、216~218頁:太字強調は引用者)





ジャック・ハルペン氏とはドイツ生まれのユダヤ人で、現在日本在住である。

ウキぺディアに少々説明がある。

漢英大事典を編纂したり、日本における一輪車普及の先駆者だったりと大変ユニークな方である。

蓑内氏はこの項目の中で、上記のジャック・ハルペンの本からの引用と、イー・オリョン(李御寧)の『「縮み」志向の日本人』(学生社、1984) から引用した後、ご自分の経験談を書かれている。




ずっと前、某大学の体育科の教授と兵法系のツボの話をしたときのことを思い出します。 私が殺活点のツボのことを細かに説明し始めると、彼は急に顔色を変えて、「そんな危険なツボを教えられますか」と怒気激しく言いました。 そして「文部省がそんなことを公認しますか」と言うにおよんで、私は言葉につまりました。 柔道の高段者であるこの教授が、経絡理論やツボについて知らなさすぎるからでした。

徳川中期からツボに関する本は本屋で売っていました(いちばん良く読まれたのは、今も東洋医学の専門校でもつかわれている『十四経絡発揮』です)。

だからツボ三百六十五点は総てわかっています。 ただ同じツボでも、柔術と医療とでは呼び方が違う点をのぞけば、ツボはもはや秘密のベールに包まれた存在でなくなっています。

そして柔術家が、「ツボをみだりに教えるな」と注意しているのは、柔術を多年練磨していた者は、それ相当の伎倆(うで)を身につけており、ツボを知りそれを利用するとなると効果てき面だからである、と説明したけれど、教授は全く耳を借(か)そうとしませんでした。 もはや私の頭の中には、彼に語ることは少しも残っていませんでした。

(『ツボと日本人』、219頁)



さて、バリー・シュワルツ「知恵の喪失」である。
スピーチは2009年2月に行われたもののようだ。


12日送ってきたのは、日本語版が編集し終えたのか、日本語の翻訳がついている。

バリー・シュワルツ「知恵の喪失」
By 読むTED / 2013年5月12日

知恵の喪失

「バリー・シュワルツは官僚主義を突き詰め、破綻の道を進む社会の特効薬として「実践知」が必要だと提唱する。規則は役に立たず、よかれと思って与えるインセンティブは裏目となり、そして、実際的で日々の糧となるような知恵こそ世界を再建するのだとバリーは力強く説く。」

http://ted.babblebuzz.com/archives/5239_%e3%83%90%e3%83%aa%e3%83%bc%e3%83%bb%e3%82%b7%e3%83%a5%e3%83%af%e3%83%ab%e3%83%84%e3%80%8c%e7%9f%a5%e6%81%b5%e3%81%ae%e5%96%aa%e5%a4%b1%e3%80%8d/?utm_source=subscribe2&utm_medium=email&utm_campaign=postnotify


日本でも以前に本が出版されていた。

バリー・シュワルツ

なぜ選ぶたびに後悔するのか―「選択の自由」の落とし穴
バリー・シュワルツ著、 瑞穂のりこ訳
武田ランダムハウスジャパン (2004/10/20)


バリー・シュワルツ、1946年生まれアメリカの心理学者。

おっと、ジャック・ハルペンも1946年生まれとあった。


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[ 2013年05月14日 01:45 ] カテゴリ:未分類 | TB(0) | CM(0)
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