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家畜人は自殺はしない



昨日、「人工的動物とは家畜人のことではないか」

とふっと思い立って書いてしまったので、その続きを一晩考えた。



家畜は自殺しない

だから子供は家畜人ではない。



と私は結論付けた。





家畜は自分で死期を決められないトサツがあるだけだ。

だから、家畜人は食糧に困らず、住むところがあれば、自殺はしない。




自殺は人間的な行為であると、先の論者はいう。

私もそう思う。




では、子どもが自殺してしまう事件はなぜ起きるのか。

子ども=動物

と定義づけたとしても、子どもは人間であって、進化の過程における動物的感覚の優勢の時期のことで、成長とともに教育によって人間の知性を養っていく。


動物的感覚が優勢であれば、生きることに集中するので自殺などしない。

どの宗教でも自殺を否定的に見て、自殺しないよう呼びかけるのは、悲しみ以上に魂の問題だからではないか、と思っている。



では、人間はどうして自殺するのか。



ここで少し視点を変えてみる。

西尾幹二氏のビデオを見ていたら、ある回で「いじめ」について話していた。

「いじめ」による痛ましい事件が多くなっているのが背景にある。

彼もまた子供時代にいじめにあったとかなんとかで、どのように対処したのか持論を展開された。

私もそうだなと思ったことは、

「今の子どもたちは戦い方を教えられていない」ということだった。

いじめは人間の成長の過程において起きるものなのだ。

いじめっ子、いじめられっ子だけでなく、周りにいる大人や子どもたちも空気が乱される一大事である。

当人同士で決着がつかなかったら、

兄貴格の子どもが仲裁に入ったり、

近所の大人が注意したり、

社会構造が何重にも取巻き機能していたことを話された。



何が正しいか、何が間違っているか、どこが問題なのか、こうして学んでいくものだろう。

そして地域社会が子どもたちを守り育てていたのだと。



それはそうとして、

今まで構築してきた確固たる社会構造が破壊され、今までの観念が覆され、さまざまな要因で社会が不安定になったりして、

大人たちがつくる社会の問題を解決できなかったりしていたら、子どもの社会にも影響が及ぶ。

「いじめ」に対する「戦い方」を教えられていないのと同時に、

「生き方」が教えられていない。



どのように稼ぐか、儲けるかは「生き方」ではない。

自然と一体という人間の本来の「生き方」である。

「生きる方法」を知っていたら、「生きる」ために死を選ぶことはあっても自殺はしない。




もう一つ疑問がわいた。

人間に自殺することを教えたのは誰か。


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[ 2013年05月27日 21:30 ] カテゴリ:ビー太郎日記 | TB(0) | CM(0)
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