ビー太郎サバイバル日記

武士同士の対決は実と実との対決であるが、忍びが戦うときは常に自分は実であり敵は虚である。「正忍記」その5
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タイムイズマネー/イルミナティ時間


イルミナティが現代の時間の概念を作った、と聞いてなるほどと思っていた。

ベンジャミン・フランクリンが言ったとされる、「タイムイズマネー」はそのものズバリを言いあてている。

考:Time is money
http://www.geocities.jp/sonny_l_lab/english/proverbs/t/time_is_money.htm

参考:ベンジャミン・フランクリン-フリーメーソンでしかもユダヤ人
2009-10-02
http://ameblo.jp/ootadoragonsato/entry-10354789488.html



お人好しの日本人は、いいようにしか解釈していないはずである。

イルミナティ悪魔主義者がタイムイズマネーの社会に人類を誘導したのである。



今日はひとつ、自分なりに説明を試みることにする。


時間の概念とは、現代私たちが生活に使っている時間である。


歴史の流れの時間とか、進化の過程の時間もこれにあたる。

生まれてから死ぬまでの人間の一生の時間。

朝から夜までという時間。

始点があって終点がある。



問題があるとしたらどこにあるのだろう。


みんなが共通の時間の概念なり基準をもてば、 同じ時間に同じ体験ができる。 報酬の基準も時間で決められるし、オリンピックの記録も時間を争う。 同じ時間の概念があれば人と約束をすることができる。 刻一刻と変わる相場も、年末のカウントダウンも世界中で可能だ。


そう、現代はそのように時間の制約の中、生きている。


民族それぞれに暦があったように、時間も価値基準が違っていたが、グローバル化とともにイルミナティ時間が基準となりつつある。

これはこれで一理ある。

みんなが同じことをするためには基準が必要である。


そうでない視点を考える。


自分を基準としてみれば、子ども時代を経て今がある。

子ども時代は自分にとって過去のものだ。

年とって老人になるのは未来のことである。


しかし、社会の流れから見れば、老人はやがて死んで過去になる存在で、子どもは未来を生きる存在である。



自分だけが過去と未来の間に立っている。

他の人たちもそうであろうが、認知できるのは自分だけである。

自分は過去にも未来にもなる存在である。

これは、過去も未来も「イマ」も渾然一体となってこの世に存在していることではないのか。

すべては自分の行動からはじまる。

目の前にある未来…子どもや老人という未来である。

夢のような未来ではなく現実の未来である。

ただ視点が違うだけである。


子どもや老人にとって住みにくい世の中なら、

未来が危ぶまれている、ということである。

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[ 2013年05月30日 19:55 ] カテゴリ:未分類 | TB(0) | CM(0)
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