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武士同士の対決は実と実との対決であるが、忍びが戦うときは常に自分は実であり敵は虚である。「正忍記」その5
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人間には貴賤の別はないが、差別はある。


住井すゑさんのいう

人間に貴賤の別を作ることは、宇宙の法則に反している…

のなら、差別というものはあってはならない。

という、仮説がたてられるかもしれない。


貴賤の別を作ったから差別ができたと考えてしまいがちだが、自然界には差別はある。

自然界は差別があってバランスをとりながら保っている。

なので、

人間には貴賤の別はないが、差別はある。

のほうが宇宙の法則にあっている。


人間に貴賤の別を入れ知恵したものは何かが問題なのだ。

貴族と奴隷の起源にあるかもしれない。

地球原住民は、そんな制度をつくらなかった。



自然界には、差別もあるし、いじめもある。

差別をなくせ、いじめをなくせ、と言う方が無茶である。

これらを克服してきた先人の生きる知恵で対処していくべきなのだ。




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[ 2013年06月11日 00:47 ] カテゴリ:部民(部落)/伴 | TB(0) | CM(0)
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